2014年04月17日掲載

改正前にポイントチェック!――法的義務となる「ストレスチェック制度」への対応 - 第4回 義務化が見込まれるストレスチェック制度にどんな準備ができるのか?


亀田 高志
株式会社産業医大ソリューションズ
代表取締役社長・医師

≪本連載の解説テーマ≫
 第1回 「ストレスチェック制度」とはどのようなものか?
 第2回 「医師による面接指導」と医師の意見に基づく措置とは?
 第3回 ストレスチェック制度を実行するにはどのような課題があるか?
 第4回 義務化が見込まれるストレスチェック制度にどんな準備ができるのか?
 第5回・完 自記式アンケートによりストレスチェックを行う際の課題と対応

1 ストレスチェック制度への準備として
 第3回で触れた課題を真面目に考えすぎると、このストレスチェック制度の実行に二の足を踏みたくなるかもしれない。けれども、次の厚生労働省の意図する効果を素直に見直して、それを無理なく継続することを考えるのが、企業側の義務となることが確実な現状ではよいと思う。

 ・個人の気づきを通じて職場ストレスの啓発に役立てる
 ・職場単位の環境改善に結びつける
 ・産業医による対応スキームの見直しに活用する
 ・自社のメンタルヘルス対策全体を考える機会とする

 少なくとも、自殺者の多さがマスコミで大きく報道され、本制度の背景としても職場ストレスを原因とする心因性精神障害の労災申請件数の増加が挙げられている。ストレスへの対処や不調への対応の足がかりとしてすべての企業(実際には50人未満では努力義務だが)に制度としてチェックを義務づけるというのは、間違った考えではないだろう。
 以下に、現段階でできる準備を紹介しよう。

2 ストレスチェックの流れを想定してみる
 多くの職場では健診機関と契約し、健診車がやってきて、決められた日に健康診断を受ける流れになっているのではないだろうか。
 医師の問診を健診車の中で受ける場合、微妙な9項目について、プライバシーを保ちながらそこで聴取することが可能なのかを考えておくとよい。同様に、健診を行うのが健診機関や医療機関の施設においてであれば、医師等によるストレスチェックがどのように進んでいくのか、その流れを想定してみる必要がある。
 いずれの場合でも、仮に対象者の10%前後に"高ストレス状態につき問題あり"との通知がなされ、その半分、5%前後の労働者が産業医の面談を受けたいと申し出た場合、産業医の対応枠は十分なのか――という具合に検討することができる。
 産業医の対応枠が不足する場合は、産業医に別に依頼するのか、あるいは健診機関や別の機関の医師に依頼するのか、そのための予算措置をどのようにするのか、などを簡単にでも考えておく必要があるのではないかと思う。

3 不調者の対応スキームを確認する
 厚生労働省の推奨するいわゆる"職場復帰支援プログラム"が自社にあるのか、それが現在機能しているのかを事前によく確認したほうがよい。
 産業医が面接した結果、職場サイドでの対応が必要になるなら、そうした対応スキームが機能しないことは、反対に企業側のリスクになり得るからである。
 本連載で、面接の結果、就業上の配慮が必要な場合には産業医から意見が提出されることになると説明したが、その手続きが自社内できちんと回るかどうかを早めに確認することをお勧めしたい。
 もしも、その手続きが怪しいと感じるなら、ストレスチェック制度導入はよい機会なので、産業医に相談の上、不調者や健康上の理由から配慮が必要な従業員への対応の流れや手続きを整理し、衛生委員会で周知等を行うのがよいと思う。

4 産業医に相談してみる。
 2で述べた想定結果を基に、産業医に相談することもできる。
 今回のストレスチェックは基本的に産業医の職務の追加となる。まだ、産業医としての助言を求めることは専門家との契約として、例えば弁護士や社会保険労務士、税理士と同様に考えれば、当然のことだろう。もちろん法律が変わったタイミングで助言や情報提供を求めても構わない。
 おそらく過重労働の場合と同じように、本制度に関する産業医向けの研修も始まるだろうし、専門家向けの情報も増えてくるだろう。
 もし、各社の産業医が即答できないことがあっても、引き続き情報収集をしてもらうよう頼んでみるのがよいだろう。

5 衛生委員会で紹介する
 今回紹介したストレスチェックに関する情報は、今後、厚生労働省等のホームページで入手できるようになるので、それを基に社内の衛生委員会で今後の実施とその内容を紹介することができる。そうすると従業員代表の意見を聞くこともできるし、労働組合があれば実施への理解も得られやすいかもしれない。
 例えば、「高ストレス状態で問題あり」という通知を受けた労働者のプライバシーをどう保護するのか、不利益な扱いにつながらないかといった質問が出されれば、それに答えて「法的にはその点が考慮されるようになるだろう」という説明もスムーズに行える。

6 健診を行っている機関や公的機関に尋ねる
 順当に考えれば、ストレスチェックは健診機関で実施してもらうのが、健康診断の運営上はスマートであるように見える。
 1名当たりいくらかの売り上げにもなると考えられるので、本制度に関して、健診機関の側も検討を始めていると思われる。
 次年度の健康診断の契約や打ち合わせの際に、健診機関としての考え方や、機関側が想定している医師による面接指導までの流れを聴取しておくことは、自社での準備に有益ではないかと考える。事後措置を行う外部専門機関としての登録を受けるのかどうか、ということも聞いておけば、健診機関の選定の際に有効な情報にもなるだろう。
 専門的な産業医や保健師などの相談員がいる産業保健推進センターと地域産業保健センター、メンタルヘルス対策推進センターは、会社側や健診機関との連携を通じてストレスチェック制度の運用面で重要な役割を果たすとみられてきた。
 実は、本年4月から独立行政法人改革の一環として、これら3事業は「産業保健活動総合支援事業」に一元化され再スタートを切ることとなった。今後は労働者健康福祉機構が同事業の推進主体となり、これらの機能を統合しつつ、職場の健康管理をサポートしていくことが、先ごろ厚生労働省から発表されたところだ。
 50人以上の事業場であれば、都道府県単位で設けられる新たな「産業保健総合支援センター」に、50人未満であれば地域相談窓口(地域産業保健センター)に、本改正法が施行される前後に尋ねてみるのがよいと思う。
 ※参考:厚労省報道発表「4月1日から「産業保健活動総合支援事業」を開始します」

7 予算措置を行う
 ストレスチェックは無料ではないので、ある程度の予算措置が必要となる。それは、50人未満の事業場でも変わりはない。例えば医師による面接指導の費用を1名当たり5000円と仮定すると、300人の事業場の場合には、次のような簡単な計算でおよそのイメージができる。

〔仮定条件〕
・1年当たりの費用:ストレスチェックの費用を350円/人と仮定
・ストレスチェックの結果、10%が高ストレス状態と判定され、そのうち半分(5%)が
 医師による面接指導を受けたいと希望すると仮定

  費用額=350円×従業員数(人)+5000円×従業員数(人)×5%
  従業員数300人の場合…105,000+75,000円=180,000円

 さほど高額とはならないかもしれないが、こうした手当はあらかじめ想定しておいたほうがよいと思う。

終わりに
 職場のメンタルヘルス対策では、リスク管理とコンプライアンス、労働損失の防止の三つが大切である。ストレスチェック制度の導入を図る今回の法改正は、リスク管理とコンプライアンス、そして労働損失防止のすべての直接影響する事項となる。
 不調者の早期発見はリスク低減に役立つことであるし、法的義務を満たすことはコンプライアンス=法令の順守に当たる。一方で、例えば医師による面接指導の結果によって多くの労働者に就業上の配慮を行わなければならない状況を招くと、損失を防止できず、反対にそれを増大を招く可能性もある。
 ストレスチェック制度を含む労働安全衛生法の改正案が国会で順調に成立すればおそらくは2015年度くらいから、各企業で実行していくことになるだろう。成立後の近い将来、には厚生労働省から労働安全衛生規則や指針が公表され、情報を得ることもできるだろう。

 いずれにしても、企業と人事担当者にとって影響の大きな法改正である。不調者のスクリーニングは理論的、あるいは技術的に難しいのだが、早期発見をして不調者を減らし、職場復帰の問題を軽減するという理念は間違ってはいない。
 職場のメンタルヘルスの問題はますます、人事担当者の喫緊の課題となっている。今回のストレスチェックが無駄な制度にならぬよう、あるいは害を及ぼすことのないように、正しい理解と適切な情報収集を心掛けて、今後の実施の準備を始めていただきたい。
 なお、今後、法改正の経過や関連規則や指針等が公表され、さらに情報が蓄積した際には追加で本制度に関する課題や対応を紹介したいと思う。

※編集部より:第4回執筆後に明らかになった情報を、第5回として追加してご紹介しています。  

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亀田高志 かめだ たかし
株式会社産業医大ソリューションズ 代表取締役社長・医師
1991年産業医科大学医学部卒業後、NKK(現JFEスチール)、日本アイ・ビー・エムやIBM Asia Pacificの産業医、産業医科大学講師を経て、2006年10月に産業医科大学による(株)産業医大ソリューションズ設立に伴い現職。職場の健康対策の構築を専門とし、企業の目線に立ったコンサルティングサービスと研修、講演や執筆活動を手がけている。メンタルヘルス相談機関であるEAP(従業員支援プログラム)の活用やゆとり世代等の若手問題の防止や育成、さらには危機管理における健康確保対策や高齢者就労における課題と対策にも詳しい。著書は「人事担当者のためのメンタルヘルス復職支援」(労務行政)、「できるリーダーは部下のうつに立ち向かう」(日経BP)、「できる社員の健康管理術」(東洋経済新報社)などがある。

 



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