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労働判例編

Ⅰ 労働判例の基礎知識

1. はじめに(労働判例の重要性)

 労働法の分野における基本的な法律である労働基準法は、昭和22年に制定され、その後も、社会情勢に応じて改正されてきたが、法令の改正等だけでは対応できない(妥当な解決が図れない)紛争が発生する場合も多く、そのような場合には、判例によって解決が図られる。

 例えば、解雇権濫用法理(解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効となるという法理)が典型的なケースである。民法上、雇用契約に期間の定めがない場合、使用者には解雇の自由が認められており(民法627条1項)、制定当時の労働基準法において、かかる解雇権を一般的に制限する規定はなかったが、民法の条文をそのまま適用してしまうと、労働者にとって酷なケースが多く発生してしまう。そこで、最高裁判所は、判例により、解雇権濫用法理を形成し、事案の妥当な解決を図ってきた(日本食塩製造事件 最高裁二小 昭50.4.25判決 民集29巻4号456頁 等)。現在は、労働契約法16条において、解雇権濫用法理が規定されている(平成19年に労働契約法が制定されるまでは、平成15年の労働基準法改正により、労働基準法18条の2に規定されていた)が、解雇権濫用法理が法律上明文化されるまでは、紛争解決のための判断基準(ルール)として、判例が重大な役割を果たしていたのである。

 また、法律に定められている要件は、一般的・抽象的に規定されており、実際の事件にそのまま適用しようとすると、条文を解釈する、つまり条文の具体的な内容を明らかにする作業が必要となる場合がある。例えば、労働基準法9条は、「この法律で『労働者』とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定めているが、「使用される」の具体的な内容や判断要素については規定されていないことから、労働基準法上の労働者に該当するか否かを判断するためには、「使用される」の意味について解釈する必要がある。また、形式的には個人事業主であっても、実態によっては、労働基準法上の労働者に該当すると認められる場合があり得るのかなどの点について判断するに当たっても、事案に即した個別具体的な法解釈が必要となる。このように、実際の事件を解決するためには条文の解釈が必要であり、裁判所における解釈手法は、裁判所が個別の事件を解決するに当たって示した判断(判例)によって明らかにされている。

 以上のとおり、労働法の分野においては、判例が大きな役割を担っており、労働事件の解決を図るに当たっては、類似事案についての裁判所の判断を確認・検討することが重要である。

 なお、「判例」の意義については、様々なものがあるが、本稿では、「個々の事件における裁判所の最終判断」をいうものとする。最高裁判所の判断は、地方裁判所や高等裁判所の判断よりも先例として大きな影響力を持つが、労働事件を解決するに当たっては、地方裁判所や高等裁判所の判断も、先例として一定の価値を有し、非常に参考となる(特に最高裁判所の判断がない場合)ことから、ここでいう判例の中に含まれることとする。

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