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Point of view [2021.05.14]

第180回 神吉知郁子

「労働者」とその保護の在り方
―イギリスのUber事件をめぐって―

神吉知郁子 かんき ちかこ
東京大学大学院法学政治学研究科准教授

2003年東京大学法学部卒業。東京大学大学院総合法政専攻博士課程修了後、同大学院グローバルCOE特任研究員、ブリティッシュコロンビア大学客員研究員、立教大学法学部准教授等を経て2020年より現職。労働法専攻。厚生労働省「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」等の委員を務める。著書に『最低賃金と最低所得保障の法規制』(信山社、2011年)などがある。

Uberの運転手は労働者?

 2021年2月、イギリスの最高裁がUberの運転手を「労働者」と認めたという日本の新聞報道を目にした。中には、これで労働法の保護が手厚く認められるとも読める記事もあったが、これはやや不正確な紹介である。なぜなら、日英における労働法制は前提が違うからだ。
 日本では、労働法の保護は個別法(労働基準法や労働契約法など、労働者の個別の権利を直接規律する法規制)と集団法(労働組合法や労働関係調整法など、労働組合等の集団による権利行使を規律する法規制)とで範囲が若干異なるものの、一般には「労働者」か「それ以外」かという二分法で保護の有無が決まる。労働者に該当すれば権利のフルラインナップが認められ、そうでなければ労働法規制の対象から外れる、"All or Nothing"の世界である。
 もっとも、法律の世界ではきっぱり割り切れても、現実にはグレーゾーンが広がっている。特に、契約形態こそ請負や準委任であっても、取引相手に対して立場の弱い働き手をどう保護するかは、大きな社会問題でもある。そのため、日本では、形式的な契約形態にかかわらず、保護すべき「労働者」か否かを客観的に判断することで、実質的に保護を広げる方策がとられてきた。

イギリスにおける保護の分化

 これに対してイギリスでは、制定法の保護の対象としてemployeeとworkerという2種類が規定され、それぞれ認められる権利が違っている。まず、employeeとは、労働契約を締結している狭義の「労働者」であり、不公正解雇からの保護や各種賃金規制など、制定法上のすべての権利保護の対象となる。他方でworkerとは、労働契約に限らず、顧客でない契約当事者に対して労務を非代替的に遂行する者を指し、一部の従属的な個人事業主を含む「就労者」として、最低賃金や労働時間規制、公益通報者保護などの限られた保護のみを受ける。
 今回の最高裁判決でUberの運転手に認められたのは、この中間的な「就労者(worker)」への該当性である。なお、労働契約の下で雇用されている「労働者(employee)」であるとの原告の主張は、第一審で(しりぞ)けられている。したがって、原告運転手には、仮にUberから一方的に契約が打ち切られた場合でも、それが不公正な解雇であると訴えて補償金を請求する権利などは認められない。

個人事業主に保護を拡大する根拠

 こうした保護の二層性について、イギリス最高裁は以下のような判示をしている。まず、労働者保護立法の一般的な目的は、脆弱(ぜいじゃく)な働き手の保護である。そして、「労働者」に保護が必要なのは、使用者に対して従属的かつ依存的であるからで、「就労者」に保護が拡大されるのは、一定の場面では独立した契約者と扱われるべき側面を持ちつつ、依存性の程度において労働者と実質的に同様だからだとする。
 興味深いのは、働き手が従属的な地位にあることを就労者該当性の決め手としていないことである。最高裁が引用した先例には、有限責任事業組合のメンバーたる弁護士の就労者性が問題になった事案で、典型的な従属的関係とはいえないが、当該組合の弁護士として以外に労務提供が行えず、事業の本質的部分として組み入れられていることを重視して、就労者性を認めたものがある。こうした判断がなされるのは、労務を提供する相手方の事業への専属的組み入れが依存性を生じ、搾取に対して脆弱な立場に置かれるためとされる。Uber判決では、事業への組み入れと同時に、就労条件に関する使用者のコントロールと、報酬に対する働き手の依存性も問題とされた。
 Uberの仕組みとは、乗客がアプリを通じて運送を依頼すると、アプリにログインしている近くの運転手にUberが運送依頼を通知し、運転手が受諾することで乗客とマッチングされるものである。料金はアプリを通じて自動的に計算され、運転手は毎週、乗客の支払った料金からサービス料を差し引いた額をUberから受け取る。運転手は他の会社でも働けるし、頻繁なリクエスト拒否や低評価によってプラットフォームから排除される場合もあるが、自分の車を使い、就労時間や場所は自由に選択でき、自律性や独立性を備えている側面もあるため、脆弱性をどう判断するかが問題となる。最高裁は、報酬がUberによって決定され、労務に関する契約条件がUberの提示する定型約款によって決まっていたこと、運送リクエストの受諾が制約され、運送サービスの提供に必須のテクノロジーは所有するUberが完全にコントロールしていたこと、乗客と運転手のコミュニケーションが制限されていたことなどから、運送サービスはUberによって厳格に標準化された上でコントロールされており、運転手は専門的スキルを通じて自分の経済的地位を向上させることがほとんどできなかったと指摘した上で、こうした脆弱性が運転手の就労者性を基礎づけると判断したのである。

残る課題

 ただし、就労者と認められても、実働時間以外のログイン時間が労働時間となるか、または最低賃金の支払い対象となるかなど、当該規制の解釈を要する別問題は残る。保護すべき内容に応じた対象の細分化は、二分法の不都合をカバーする有効な方策である一方、規制の複雑さは働き手の保護をかえって遠ざけるおそれもある。非典型的な働き方の広まりに対して、保護法制の再構築を考えさせる契機となるだろう。

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