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Point of view [2021.04.23]

第179回 千正康裕

企業の現場と政策をつなげる
『対話のプラットフォーム』をどう設計していくか

千正康裕 せんしょう やすひろ
株式会社千正組 代表取締役

1975年生まれ。2001年厚生労働省入省。8本の法律の立案に携わる。秘書官や大使館勤務も経験。医療政策企画官を最後に2019年9月末に退職。2020年1月に株式会社千正組設立。企業などのコンサルティングにより、政策と現場の橋渡しに取り組むほか、メディア出演、講演、執筆をしている。内閣府や環境省の有識者会議委員も務める。官僚の実情や政策のつくり方をつづった著書『ブラック霞が関』(新潮新書)はベストセラーに。ツイッターNoteでも発信している。

 なぜ、こんなに急に法律が大きく変わるのか。なぜこの法律は、うちの企業の実態に合わないのか。法律が変わっても、具体的に自社で人事政策を決めるにはさまざまな課題があり、意思決定が難しい。社内でやらないといけないことがたくさんあるのに、上から押し付けられる改革にも対応しないといけない。さらに、役所からはいろんな調査が来て大変だ。――企業で人事業務を担う実務家の皆さんは、そんな思いに駆られたことはないだろうか。
 ではどうして、こんなに企業と役所とのギャップが大きくなってしまったのか。省庁では"本当に企業現場が良くなる"ような政策をつくり、企業現場では政策を実務に活かせる、そんな理想のサイクルをつくり直すために、官民の対話をどう再構築していったらよいのだろうか。長く労働政策・社会保障政策に携わってきた経験からお話ししたい。

政策をつくる官僚の悩み

 法律や予算などの政策をつくることによって、国民の役に立ちたい。多くの官僚たちは、そんな思いを抱いて霞が関の門をたたく。僕もその1人だった。2001年から2019年まで、試行錯誤しながら8本の法律の立案に携わり、楽しく充実した官僚人生だった。
 実は、仕事を一通り覚えた若いころに大きな悩みがあった。
「この法律を変えると、それを使う企業の人には実際のところ、どういう影響があるんだろう。自分の仕事は、人の役に立っているのだろうか?」
 霞が関で法律の条文を書いている時に、そんな思いに駆られたのだ。
 別に社会に役に立っていようがなかろうが、「法制度をつくる」という仕事が進めば、役所からは評価される。ただ、もともと優等生ではなかった僕は、自分の尺度で仕事を自己評価できないことがすごく嫌だった。それ以来、平日の夜や休日に現場訪問をしたり、民間の人と勉強会をしたりするのがライフワークになっていった。自分が霞が関でつくっている法案や予算が、どうやって現場に届いているのかということがだんだんと理解できてきて、仕事がとても楽しくなったし、政策の判断もできるようになっていった。
 ある時からは、自分だけではもったいないので、現場訪問や民間の人との対話に後輩たちを連れていくようになった。どの官僚たちも、そういう機会があると、自分の仕事の意義を再確認して目を輝かせている。ただ、民間の働き方改革が進む一方で、「ブラック霞が関」といわれるような過重労働が続く中、官僚たちも自らネットワークをつくっていく余裕を持ちにくくなっている。

企業の人事担当者の声

 厚労省時代、女性活躍を担当していたころ、あるイベントで、大企業のダイバーシティ室長の方に言われて驚いたことがある。男性の育休取得促進について話している時のことだった。「男性の育休については、国は取得率を上げてほしいのですか、それとも長い育休を増やしてほしいのですか」という質問が上がったのだ。
 法律上、育休は労働者の権利だから、本人の事情や希望によって期間は決まってくるというのが制度の建て付けだ。企業の中でも、実情に応じて社内の人事政策を検討するのだろうと僕は思っていたし、誰もが知る大企業の責任者ですら、国が何を考えているか知らないことに驚いた。
 確かに、男性育休のプロモーションを役所が考える時には、子育てしやすい社会とか、仕事と家庭の両立とか、社会全体や個人の選択に重点を置いた議論が多い。そもそも使用者団体が参加する審議会以外では、企業側の実情が話題に上ることは少なかったように思う。もちろん、社会が変われば企業も人事政策も変わっていかないといけないが、もう少し企業の現場の視点も加味しながら考えていく必要があるのではないか――と思った出来事だった。

伝統的な手法による政策の意見集約機能の低下

 企業側の声を労働政策に取り入れるオフィシャルな仕組みとして、労働政策審議会というものがある。ここでは、使用者側の団体の労働政策担当や、労働組合の代表者も委員に入っており、そういう場で意見調整をした内容を法律案などに反映していく。ILO(国際労働機関)の基本理念である「三者構成」だ。ただ、労働組合の推定組織率(雇用者に占める組合員の割合)を見ると、戦後まもなくは5割を超えていたが、高度経済成長期にはだいたい「3人に1人」、今や「6人に1人」にまで低下しているなど、労働組合の意見集約機能は低下している。一方で、経済界も産業の多様化が進んでいるし、女性の就業率の上昇、非正規雇用の増加、フリーランスなど、働く人や働き方も多様化してきている。さらには、フリーランスやテレワークなど新しい課題もある。
 こうした背景の中、伝統的な三者構成の審議会が果たしてきた、"オールジャパンの議論のプラットフォーム機能"が低下してきたと感じる。こういった状況が、国会での法案の修正や"官邸主導"の政策づくりが増えた背景にあるのだ。
 省庁の政策担当者は、誰の声を聞けばよいのかどんどん分からなくなってくるし、個々の企業からすると"急に制度や政策が降ってくる"という実感にもつながっていると思う。

新しい議論のプラットフォームづくり

 "政治主導"や"官邸主導"の政策づくりは、世の中のニーズを見据えて政策が速く・大きく動く、という良い面があるので望ましいと思うが、その反面、実務の情報が政策に反映されにくくなっているとも感じる。政策の実務を担う官僚たちは、組織から与えられる場だけでは社会の実態が分からなくなっており、外部との交流を求める若手も増えている。僕が『ブラック霞が関』を出版するなど霞が関の働き方改革に取り組んでいるのは、霞が関の無駄な仕事を減らして、民間との意見交換や現場のフィールドワークなどに時間を使える環境をつくりたいからだ。
 そのために、政策担当者と個々の企業が「組織や立場を背負わない」形で、ざっくばらんにお互いの考えや実態を共有しながら、意見交換をする場の必要性を強く感じている。その結果、政策担当者の創造力や知恵を高めるだけではなく、企業の人事担当者としても"決まったことに従う"のではなく、制度・政策の背景や目的まで掘り下げて自社の人事政策を考えることができると思う。そうしたプラットフォームを、社会保障・労働政策の現場から民間に活動の場を移した僕自身も、つくっていきたいと考えている。

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