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Point of view [2021.03.26]

第177回 池内裕美

カスタマーハラスメントに有効な組織体制づくり

池内裕美 いけうち ひろみ
関西大学 社会学部 社会学科 心理学専攻 教授

関西学院大学大学院商学研究科(博士課程前期課程)、同大学院社会学研究科(博士課程前期・後期課程)修了。博士(社会学)。デザイン会社勤務、日本学術振興会特別研究員を経て、2003年より現職。専門は、社会心理学、消費心理学。現在の主な研究テーマは、クレームやモノのため込みといった「逸脱的消費者行動」に関する心理的メカニズムの解明。特に苦情研究は社会的注目度も高く、メディアからコメントを求められることも多い。

「カスタマーハラスメント」とは何か

 「カスハラ」という言葉をご存じだろうか。「カスタマーハラスメント」の略称で、「顧客からの著しい迷惑行為」を指す。現在、日本に50種類以上は存在するといわれるハラスメントの一つとして、2010年代前半あたりから徐々に使用され始めた。具体的には、不当な金品要求、暴言や威嚇、長時間の拘束、土下座の強要などが挙げられるが、その内容から「悪質クレーム」とほぼ同義として捉えられる。
 悪質クレーム自体は、客の立場が強い日本のサービス業では、以前から存在していた。しかし、2017年にUAゼンセン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)が、流通業従事者の約7割が来店客から何らかの迷惑行為を受けた経験があるという調査結果を報告したことで、一気に社会問題化するに至る(UAゼンセン,2017)。事態を重く見たメディアは、こぞってカスハラ特集を組み、釣り銭の渡し方が悪いと罵声を浴びせたり、態度が気に食わないと延々説教したりといったカスハラの実態を赤裸々に映し出したのだ。

カスハラの心理的・社会的背景と対処法

 カスハラが生じる背景にはさまざまな要因があるが、大前提として、日本人に根強く宿る「顧客第一主義」の精神、そして「おもてなし」を美徳とする文化といった社会的要因が挙げられる。顧客のために手厚いサービスを提供し続ける企業も多いが、実はこうした状況が、消費者の権利意識や期待値を高め、不満を生じやすくしているのだ。消費者も気持ちに余裕があれば、不満を心にとどめておくこともできるだろう。しかし、不安や疲労を感じやすい社会では、"怒りの沸点が低下した状態"にある人も多く、そうなると些細(ささい)なことで怒りが爆発し、カスハラに至りやすくなる。
 では、運悪くカスハラに遭遇してしまったら、どう対処すればよいのか。これはカスハラのタイプにもよるが、例えば土下座の強要や恐喝など、明らかに法に抵触する場合は警察に通報するのが望ましい。長引く場合は、弁護士に相談するのも一法であろう。しかし、近年では、ごく普通の人が些細なことで激高し、日頃の不満やストレスをぶちまけるといった「ストレス発散型クレーマー」や、豊富な知識を活かして理屈で詰め寄る「筋論クレーマー」など、グレーゾーンのカスハラが増えているからタチが悪い。
 具体的な対処法については、紙幅上ここでは深くは触れないが、まずは「十分な傾聴」と「共感的理解」を示すことが重要である。謝罪は不可欠だが、真相が明らかになるまでは、不快な思いをさせたことへの「限定的謝罪」にとどめる。また、いくら相手の主張がおかしくても、頭ごなしに否定したり、言い訳したりするのも厳禁だ。そして、個人での対応が困難になった時点で、速やかに組織対応に移行するのが賢明である。

カスハラ対策としての組織体制

 言うまでもなく、こうしたカスハラは、対応者に大きなストレスを与えることになる。実際、上記のUAゼンセンの調査でも、回答者の89.3%が少なからずストレスを感じた経験があり、さらに1.0%が精神疾患になったことが報告されている。しかし、病を発症した時点で休職や離職をしている可能性もあるので、現実はもっと深刻であろう。
 それでは、組織はカスハラにさらされる従業員のために、どのような対策を講じればよいのだろうか。この点について、筆者は、「クレーム(苦情)対応において求められる組織体制」として、次の五つを挙げる(池内,2020)。

①苦情内容に応じた担当者や責任者、およびその役割の明確化

②対応者が心理的・物理的に孤立しないようなサポート体制の構築

③対応内容や対応品質の標準化・向上化を意図した「苦情対応マニュアル」の整備

④個々の苦情対応を個人経験で終わらせず、組織全体で共有・伝承・活用できるような体制の構築

⑤苦情やトラブルが生じた際に、対応者が相談しやすい(不利益にならない)組織風土の構築

 人事管理の観点から見ると、②の「サポート体制の構築」と⑤の「相談しやすい(不利益にならない)組織風土の構築」が特に重要となるだろう。従業員が安心してクレーム対応を行うには、まずは組織のサポート体制が整備され、"最終的には企業が守ってくれる"といった信頼関係の構築が不可欠といえる。中でも、重要なのは上司との関係性であろう。従業員が一人で問題を抱え込まないためにも、常日頃から相談しやすい組織風土をつくっておく必要がある。実際、筆者自身も講演先などで、「お客さまからとがめられることよりも、上司や会社が取り合ってくれないことが一番つらい」といった対応者の声をよく耳にする。中には、自らが問題社員と見なされることを恐れて、相談自体を躊躇ちゅうちょするケースも存在する。上司や部署の責任者は、このことをしっかり心に刻んでおく必要があるだろう。
 もちろん上司だけでなく、同僚との関係性の構築も重要だ。具体的には、従業員同士で定期的に情報交換できるような雰囲気や語りの場をつくることが挙げられる。それぞれのカスハラ体験を語りあうことで、"つらい思いをしているのは自分だけではない"、"皆、同じようなことで悩んでいる"という事実が共有され、ストレス軽減にもつながることが期待できる。
 なお、こうした組織体制の構築は、従業員の職務満足にもつながるため、「インターナル・マーケティング」の一環としても捉えられる。インターナル・マーケティングとは、社内に向けたマーケティング活動のことで、従業員の満足度やモチベーションを高める施策を指す。人事管理や組織運営にインターナル・マーケティングの視点を取り入れ、従業員が安心して働ける仕組みを構築することは、カスハラに晒される従業員を保護するためにも有益な視点といえる。

【引用文献】

・池内裕美(2020).なぜ「カスタマーハラスメント」は起きるのか:心理的・社会的諸要因と具体的な対処法,情報の科学と技術,70巻10号,486-492.

・UAゼンセン(2017).悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査結果(2017年10月)

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