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Point of view [2020.08.14]

第162回 荒井弘和

体育会系社員を開花させる秘策とは

荒井弘和 あらい ひろかず
法政大学文学部心理学科 教授

1975年生まれ。スポーツメンタルトレーニング上級指導士(日本スポーツ心理学会認定)。博士(人間科学)。国立スポーツ科学センター客員研究員。日本パラリンピック委員会 医・科学・情報サポート事業 競技団体サポートスタッフ(心理)。近年の編著に『アスリートのメンタルは強いのか?』(2020年、晶文社)『グッドコーチになるためのココロエ』(共編、2019年、培風館)がある。

体育会系は転換期にある

 学生時代に運動部に所属し、スポーツに打ち込む学生は、一般に「体育会系」と呼ばれる。体育会系には、肉体が強靱で精神的にたくましいことに加え、スポーツを通した豊かな体験・経験を有している強みがあるとされる。
 歴史を紐解くと、体育会系は卒業後、社会において活躍し、長きにわたってわが国を牽引してきた。体育会系に詳しい束原文郎先生(京都先端科学大学)の研究によると、大正末期にはすでに、スポーツの精神修養や社会性を高める効果が注目されていた。
 戦後になると、米国の占領政策もあり、わが国のスポーツは隆盛してきた。しかしその間、体育会系が歪んだ方向に変質してしまった部分は否定できない。例えば、大学在学中の体育会系は、試合や練習を理由に授業を欠席しがちで、学力が不足していると批判されても、それを補って余りある強みがあると考えられてきた。そのため体育会系は、長きにわたって、スポーツに専念する旧来型の体育会系のままで存在することが許容されてきた。
 しかし、その状況は変わりつつある。体育会系は勉学に力を注がなくてもよいという考えは許容されなくなっており、勉学に励む体育会系が増えている。体育会系の学習支援やキャリア形成支援などを掲げ、2019年3月に一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)が設立されたことは、その証左といえる。そこで本稿では、変容しつつある現代の体育会系に注目し、体育会系社員との向き合い方を考える。

体育会系を科学する

 筆者が所属する法政大学は、「大学スポーツアドミニストレーター主導による体育会学生のキャリア形成支援体制の構築」というスポーツ庁の事業を行った。この事業では、体育会系の学生が自分らしいキャリアを選択し、自分が望むような「競技生活とそれ以外の生活のバランス(スポーツ・ライフ・バランス)」を実現できるよう支援することを目指した。
 この事業では、大学卒業後10年以内の卒業生を対象に調査を行った。この卒業生には、在学中に体育会系であった者とそうでなかった者の両方を含んでいる。その結果、体育会系でなかった卒業生と比較すると、在学中に体育会系であった卒業生は、現在の幸福度と仕事に対する活力や熱意が高く、現在の心理的なストレスは低いことが分かった。相対的に見ると、体育会系は好ましい精神性を保っているようである。
 さらにこの事業では、企業の人事経験者にインタビューを行った。そこでは、体育会系の強みとして、目標達成への意欲、他者との協働・他者への寄り添い、困難への対応、スポーツマンシップ(コンプライアンス遵守の姿勢や、結果を潔く受け止めることができる)といった点が挙げられた。一方で、組織や上司に対して過剰に従順で、物事を批判的に見て行動する力が足りない場合があるという課題も示された。
 つまり、体育会系社員を戦力とするためには、タイプに合わせてひと手間をかけることが望ましいのであろう。では、どのような手間をかけたらよいのだろうか? 以下では、事業の成果を参考に、その秘策を考える。

秘策1:メンターを紹介する

 秘策の一つは、体育会系社員にメンターを紹介してあげることである。「自分が一人の人間として成長するために貢献してくれる人」のことを指すメンターは、企業で一般的に使われる言葉となっており、メンタリング(メンターが行う支援のこと)の仕組みは多くの企業で人材育成やキャリア開発に採用されている。
 本学の事業で行った体育会系学生向けの調査では、「メンターがいる」と答えた体育会系学生のほうが、「メンターがいない」と答えた体育会系学生よりも、幸福感や部への適応感が高いという結果が得られている。また、2016年に筆者の研究室がJournal of Physical Education Researchという雑誌に発表した調査結果でも、メンタリングをより受けている体育会系学生のほうが、精神面は好ましいと明らかにされている。これらの結果を踏まえると、企業における体育会系社員についてもメンターの存在は有効と考えられる。メンターが、体育会系社員を全人格的に見て助言をし、競技での経験を武器にするためのヒントを提供することが期待されるだろう。
 時代は変わるが、松下村塾から多くの志士を輩出した吉田松陰は、塾生の個性に応じた指導を行ったことで知られる。松陰は塾生と寝食を共にする中で、塾生一人ひとりの特徴を見抜き、その特徴にあった個別の助言を与えて成長を促した。まさに松陰は、現代でいうところのメンターであったのだろう。

秘策2:「文武不岐」(スポーツ・ライフ・インテグレーション)を実践する

 もう一つの秘策は、競技で学んだことを仕事に活かす発想を持ち、実践することである。「体育会系は文武両道であれ」とよくいわれるが、筆者は、わが国で古くから使われてきた「文武不岐」という言葉を好んで用いる。文と武は分かれているものではなく、重なり合っているべきと強調した言葉である。
 現在、ワーク・ライフ・バランスを発展させた「ワーク&ライフ インテグレーション」という考え方が広まりつつある。経済同友会の説明を要約すると、「ワーク&ライフ インテグレーション」とは、仕事とそれ以外の生活を上手に統合し、相互を流動的に運営することで相乗効果の発揮を目指すものである。これになぞらえて、本学の事業では「スポーツ・ライフ・インテグレーション」という考え方を提唱した。これは、競技経験が仕事や生活に活かせることの実感を通じて、競技とそれ以外の生活のつながりを認識する考え方である。
 分かりやすい例として、プレゼンテーションのスキルが低い体育会系社員について考えてみる。この社員が競技での経験を活かして、プレゼンテーションのスキルを改善しようとした場合、どのようなプロセスをたどるのか。
 まず、自分はプレゼンテーションが苦手ということから目を背(そむ)けず、そのことを認めて受け入れる。そして、なぜ苦手なのかを分析して、周りの人にアドバイスを求めたり、関連書籍から知識・情報を集めたりする。分析結果を踏まえて、プレゼンテーションの練習を何度も繰り返し、プレゼンテーションのスキルを自分の中に染み込ませたら、予行演習を身近な先輩にプレゼンテーションを見てもらって評価してもらい、さらなる改善を目指す。プレゼンテーションの本番では、メンタル面をセルフコントロールしながら、身についたスキルを思い切って発揮する。そして、その結果を振り返る。これらは、体育会系社員が学生時代の競技活動の中で経験してきたプロセスそのものである。
 秘策1と合わせて考えると、体育会系学生であった先輩社員が、体育会系社員のメンターになることで、体育会系社員の文武不岐は達成されやすくなる。体育会系の先輩社員は、競技と仕事がどのように関係しているか、よく理解しているためである。

体育会系のリーダーシップに期待する

 筆者は骨法という武道を25年間学んでおり、文武不岐とは何かを追求してきた。文武不岐という言葉は、骨法の創始師範である故堀辺正史先生に教えてもらった言葉である。日本の支配階級は、百年前までは武士であったことを考えれば、私たちの中に文武不岐は染みついているに違いない。そして体育会系の学生や社員は、文武不岐の血液が流れているはずである。
 しかし、現代の体育会系は、競技外でも通用する能力を、競技によってどこまで高めているだろうか? 指導者の中には、重要なのは競技場の中に限定した成長であり、競技場の中だけでの勝利だけであると考え、競技を通じて学生の精神面を伸ばしていく姿勢を放棄している者もいると感じる。しかし、そのようなタイプの体育会系が存在し続けられる場所は、もはや現代社会にほとんど残っていない。競技者としてのキャリアを終えた後も能力を発揮できるようにするためにも、文武不岐の視点を持って体育会系学生の能力を養うことが欠かせないだろう。
 われわれが現在置かれている困難な状況を打開するには、強いリーダーシップが必要なことは言うまでもない。そのような能力は、競技経験の中で養うことができると筆者は考えている。リーダーシップを発揮する人材が数多く体育会系から輩出されるよう、筆者はこれからも体育会系学生の教育に全力を注いでいく。そして皆さんも、体育会系社員に大いに期待して、厳しくも温かく見守り、体育会系が持てる力を発揮できるよう育成していただけたら幸いである。

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