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各界の識者に学ぶ―「人生100年時代」のビジネスパーソンの生き方・働き方 [2020.01.16]

第3回 松本 晃 氏(上)

権限移譲は人を成長させるための
最大のツールである

松本 晃 まつもと あきら
元カルビー代表取締役会長兼CEO
1947年生まれ。1972年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。伊藤忠商事、ジョンソン・エンド・ジョンソン メディカル(現ジョンソン・エンド・ジョンソン)代表取締役社長、カルビー代表取締役会長兼CEO、RIZAPグループ取締役構造改革担当を経て、2019年2月にラディクールジャパン代表取締役会長CEOに就任。

インタビュアー: 佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)

 

人は、本当は易しいことであっても、
勝手に自分で難しくしてしまう


[1]成長のカギは、人に投資し、人に任せること。権限移譲は、人を成長させるための最大のツールである

松本さんがこれまで歩んでこられた経営者としてのキャリアを振り返っていただきたいと思います。新卒入社された伊藤忠商事から、1993年にジョンソン・エンド・ジョンソンに移られました。

松本 僕は45歳で伊藤忠商事を辞めると決めていました。すると21社から引き合いがありました。今でも常時5~6社の引き合いがあります。
 ジョンソン・エンド・ジョンソンでは、最初の6年間は事業カンパニーのプレジデント、後半9年間は日本法人の社長でしたが、15年間の在籍期間はずっと売り上げ、利益を拡大してきました。前半6年間は平均して毎年33%、後半9年間は毎年18%売り上げを拡大しました。もっとも、最大の要因は、ジョンソン・エンド・ジョンソンにそのポテンシャルがあったからです。ポテンシャルがない会社の売り上げを毎年3割上げることはできません。

ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人の社長として、最も集中して取り組んだのはどんなことでしたか。

松本 一番集中したのは成長(グロース)です。ジョンソン・エンド・ジョンソンという会社は成長が好きだし、僕も大好きですね。成長しなくてはおもしろくありません。カギになるのは、人に投資し、人に任せる――という2点です。「任せる」というのは、徹底的に権限を委譲することです。例えば、会社で「あなたに社長を任せる」と突然言われたら最初は驚きますが、この会社をどうやってよくしていこうかと真剣に考えることで人は成長します。権限移譲は人を成長させるための最大のツールであり、使わない手はありません。
 失敗するのは仕方ないことです。失敗から学びを得たと割り切ります。特に、若い人たちの失敗は、何回かは許されます。ただし、立場が上になってくると、1回の失敗なら許されるかもしれませんが、同じ過ちを2回繰り返すことは許されません。責任をとって降格か、会社を辞めるか――という厳しさはあります。もちろん、新たに厳しい会社の社長に就任して、初年度から良くなることは簡単ではありません。仕事や職種、階級によって、おおよそ何年までは様子を見るという暗黙の目安もあります。プロ野球の監督でも、最下位のチームを翌年に優勝させるというのは簡単なことではないでしょう。しかし、3年間かけても結果を出せないのなら、それは責任を問われます。ただし、組織を動かすという醍醐味からいえば、コーチより監督のほうがずっと面白いです。

[2]ビジネスも植物と同じ。3年間ぐらいは花が咲くかどうか見当がつかない

松本さんの「プロ経営者」としてのキャリアは、ジョンソン・エンド・ジョンソンで社長になった当初から意識されていたものなのでしょうか。

松本 「プロ経営者」なんて、周りが勝手に言っているだけです。僕自身は確かに経営をすることが好きですが、これからは若い人たちに教えることも含めて、仕事に携わっていくと思います。
 現在、ラディクールジャパンで環境ビジネスに取り組んでいるのは、ある意味"たまたま"です。ただ、僕は1986年からセンチュリーメディカルという医療機器の専門会社で、ヘルスケアビジネスをやってきました。また、1993年からジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人に移りました。2009年からはカルビーという食品メーカーを経営して、残るのは環境ビジネスしかないとは思っていました。
 ただし、まだ僕自身が環境ビジネスをまだ十分に理解していません。ビジネスというのは植物と一緒です。例えば、コスモスの花は、春に種をまくと、秋に花が咲きます。花が咲くまでに1年、あるいは3年かかる植物もあります。日本に「桃栗3年柿8年」という諺があります。ビジネスも同じで、肩に力を入れても、3年間ぐらいはうまくいくかどうか見当がつかないこともあるのです。

生き馬の目を抜くビジネスの世界で、「桃栗3年」というのは非常に独自のお考えだと思います。

松本 ビジネスには、外部環境や自社の内的な要因によって半年でできるものもあるし、1年かかるもの、3年かかるものがあります。例えば、陸上競技には、100m走や200m走がある一方でマラソン等もあります。僕が今取り組んでいるビジネスは"3000m障害"だと思いながら取り組んでいるわけです。短距離走のようなペースで走っても、持ちません。

[3]人は、本当は易しいことであっても、勝手に自分で難しくしてしまう

ジョンソン・エンド・ジョンソンで15年経営に携わった後、60歳の時に今度はカルビーに移られます。もともと、60歳を区切りにしようという思いがあったのでしょうか。

松本 僕のキャリアは15年単位です。45歳で伊藤忠を辞め、60歳でジョンソン・エンド・ジョンソンを辞めた。最初の計画どおりです。

ジョンソン・エンド・ジョンソンでもカルビーでも、経営者として確かな結果を残されましたが、もっとこの地位にとどまりたいという考えはなかったのですか。

松本 もちろん、居座り続けたほうが気持ちいいに決まっています(笑)。ただ、気持ちがいいのはあくまで自分一人で、周りが気持ちいいわけではありません。僕はもともと、権力というのは年月がたてば腐敗すると言ってきました。さらに言えば、僕は辞めたら"院政"はしません。つまり、前にいた会社の経営には一切タッチしない。これはいいか悪いかではなく、あくまで僕のやり方の問題です。

ジョンソン・エンド・ジョンソンで成功されて、たくさんの企業から引き合いがあったと思いますが、その中でカルビーを選択されたのはどうしてだったのでしょうか。

松本 ジョンソン・エンド・ジョンソンを辞めた時に、カルビー創業者の息子である松尾雅彦さんから、「これから暇になるのなら、うちで社外取締役でもやらないか」と誘われて、社外取締役を1年間務めました。社外取締役の立場から、「下手くそな経営しているな」と言っていたところ、松尾雅彦さんから「そんなに偉そうなことを言うのだったら、あんたがやれ」と言われたのを受けて、引き受けたわけです。

当時のカルビーには二つの大きな課題がありました。一つが東証一部への上場、もう一つは米国の食品会社、ペプシコ社との提携です。

松本 就任する前に、この二つの件で助けてくれないかという話がありました。当時、カルビーではペプシコとの提携の交渉に12年間を費やしていましたが、一向にまとまらない状況でした。僕はカルビー側が何をしたいかは分かっていましたから、まず相手はどんな立場で、何をしたいのかをペプシコに聞きました。双方の立場には当然ギャップがあります。しかしそれは、ギャップをどこで埋めるかというだけの問題です。埋められるギャップは埋めた上で、お互いに歩み寄るための条件を示したところ、相手も乗ってきました。それでおしまいです。

ペプシコ社との提携を成功させた後、いよいよ東証一部への上場を果たしました。

松本 上場は、カルビー創業者の松尾 孝さんの目標でした。3人の息子さんたちはうまく経営していましたが、"家族経営が未来永劫うまくいくことはない、外の人たちから見てもらわないとダメだ"と松尾 孝さんは言っておられたらしいのです。
 松尾雅彦さんが言うには、「上場はおやじの夢だったが、その都度問題が起こってできなかった」。それで僕がやったわけです。会社の上場なんて、そう難しいものではありません。東証一部が定めている基準を満たせば、カルビーならば上場できます。そもそも業績的には、カルビーは基準を十分に満たしていましたから、それ以外の問題を一つひとつクリアすればよかった。

しかし上場となると、世の中の多くの人が難しく捉えています。

松本 人は、一般的に易しいことであっても、勝手に自分で難しくしてしまいます。そして、難しくしてしまうために、本当は易しいことでも、実行できなくしまっているわけです。
 人生にはいろいろな面があります。僕にとって例えば物理の勉強は難しいですし、ゴルフなどのスポーツは、いくら練習してもうまくなりません。人間なんて、全部うまくいくはずがないのです。ただ、僕にとっては会社の経営が一番易しかったし、向いていた。経営には「足し算」と「引き算」しかありません。会社の経営で掛け算を使うことは少ないでしょう。割り算なんてめったに使いませんし、微分や積分を社会人になって使ったことは1回もありません。

女性社員に活躍してもらおうと思うなら、
まず先に働き方改革を進めなければならない


[4]コミュニケーションを取るのは幹部層ではなく若手社員。ほとんど毎日現場に同行して、直接話をしてきた

松本さん自身にとって、会社の経営が一番強みを発揮できる仕事だと気づいたのは、どの時期からだったのでしょうか。

松本 最初の会社に入って、すぐに気が付きました。会社とはこんなものだというのは1~2年で分かります。企業の理屈なんて実に単純です。プロ野球チームだったら、ペナントレースや日本シリーズで1等になればよい。会社も似たようなものです。無論、実行は簡単ではありませんけれど。
 僕は昭和22年生まれで、団塊のピーク世代です。僕たちの世代の特徴は、プラグマティスト(現実主義者)であることです。僕は難しいことは分かりませんが、その代わりに、"分からない人"の気持ちが分かる。分からない人のためにできるだけ分かりやすく考えて伝える、そういう癖がついています。
 僕は講演でもテレビ出演でも、どんな人に聴いていただいているのかを意識します。分からないことを話していては、いくらいいことを言っても意味がない。別に迎合しているわけではないです。できる限り、分かりやすい言葉で話すしかないと思っているだけです。

松本さんはジョンソン・エンド・ジョンソンでもカルビーでも、積極的に社員とコミュニケーションをとり、現場の状況を把握してこられました。

松本 僕は、会社の上層部の社員とはあまり付き合いません。いつも付き合っているのは普通の社員で、ほとんど毎日現場に同行していました。
 ジョンソン・エンド・ジョンソンの時は、朝に病院の玄関で会って、通常は1日4~5カ所の病院を巡っていました。カルビーの時も、スーパー、ディスカウントストア、ドラッグストアを夕方まで回り、話を聞く毎日です。現場に行けば現場の社員やお客さんと直接会話ができます。
 幹部の報告なんて、だいたい都合のいいことばかりです。それはどこの会社だって同じです。ですから、僕は幹部層とはあまりコミュニケーションをとりません。例えば、カルビーには「フルグラ」という商品がありますが、1991年に発売して以来、20年間あまり売れませんでした。カルビーに入った時に、カルビーの商品をすべて食べてみて、「これ、こんなにうまいのになんで売れていないんだろう」と不思議でした。

松本さんが陣頭指揮で販売推進をした結果、今は海外でも売れていると聞きます。

松本 そう、まず自分で食べてみて「うまい」と思ったのが始まりです。白いご飯やトーストを「飽きた」と言う人はめったにいませんが、普通のシリアルなんて飽きますよ。ところが、フルグラだけは絶対に飽きなかった。
 たくさんの新商品が出てくるので、幹部層は2~3口しか食べずに「これはおいしい」と言うわけです。しかし、本来は全部食べきった上で「まだ食べたい」「また買いたい」と思うかどうかが重要なのです。そうでないと、本当に売れるかどうかなんて分からないんです。みんなで知恵を絞った結果、売り上げが十何倍になりました。

[5]フリーアドレス、女性活躍推進……仕組みを整えれば、その仕組みどおりに人は動く

カルビーでは、オフィスを東京駅の近くに移す一方、組織を変えるためにフリーアドレス制を導入されました。

松本 以前は北区赤羽の9階建ての細長いビルが本社だったのですが、3階で働く社員は8階まで上がってこないし、9階で働く社員は5階に下りない。人間というのは縦には動かないのです。カルビーは決して大きい会社ではなかったのに、こうしたビルにいたこと自体が良くなかった。だから、大きなビルのワンフロアに移りました。
 オフィスとは作業場ではなく、頭を使う場所なんです。しかし、ほとんどのオフィスでは、作業場と頭を使う場所を一緒にしている。机の上にも下にも書類やモノだらけの場所で、いい知恵なんて浮かびません。完璧なフリーアドレスを導入したため、毎日、違う場所に座ることになります。ICカードで入室したら、コンピューターがその日の座る場所を決める"ダーツ方式"というシステムを導入しました。同じ場所に座れるのは最長5時間までにしました。5時間たったら、もう1回ICカードでコンピューターにアクセスして、場所を移らなければいけません。社員には小さいロッカーを一つ与えて、そのロッカー以上の荷物は持つなと伝えました。良い仕組みをつくってあげれば、その仕組みどおりに人は動くものです。

カルビーでは女性社員の幹部登用にも力を入れられました。現在は女性が働きたい会社ランキングの上位になるなど、企業ブランドの向上にもつながっています。

松本 カルビーでは、女性の活用を最大のテーマにしていました。そのためには、ダイバーシティと働き方改革は同時並行で進める必要があります。
 政府の動きを見ると、女性活躍推進から5年も後になって働き方改革を呼びかけています、それでは両方ともうまくいかないと見ています。女性の活躍と働き方改革は同時進行で進めるものなのです。女性に活躍してもらおうと思っても、働き方改革が進まない限り、活躍しようがありません。

インタビュアー佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
1984年一橋大学法学部卒業後、日商岩井、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券、ブリヂストン等異業種においてキャリアを積み、1997年より人材紹介ビジネスの世界に入る。2003年10月に佐藤人材・サーチ株式会社を設立して代表取締役社長に就任。本業の傍ら、2017年4月から山梨学院大学の経営学部客員教授として「実践キャリア論」の授業を実施する。著書は今まで18冊(共著1冊)を出版する。

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