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Point of view [2019.11.22]

第146回 遠藤裕基

「終身雇用難民」の発生と高まるリカレント教育の必要性
 ~学び直しを怠る30~40代の労働者にとっては厳しい労働市場に~

遠藤裕基 えんどう ゆうき
株式会社浜銀総合研究所 調査部 主任研究員

1983年生まれ。2009年に慶応義塾大学大学院 商学研究科修士課程修了。同年に浜銀総合研究所に入社。現在、雇用、労働問題および神奈川県経済の分析を担当。慶應義塾大学大学院 商学研究科後期博士課程在籍。著書に『日本の家計行動のダイナミズム[V] 労働市場の高質化と就業行動』(慶應義塾大学出版会、共著)がある。

弱まる年功賃金

 本稿の結論は、「年功賃金が弱まり、終身雇用の揺らぎが大きくなる中で、今後スキルを伸ばせない労働者(本稿では被雇用者を単に労働者と記載する)の一部は、不安定な雇用に陥る(「終身雇用難民」となる)恐れがある。そのため、労働者は継続的な学び直しを通じてスキルの向上に努める必要がある。一方で人事担当者側も、こうした変化を前提として、高いスキルを持つ労働者を確保するために柔軟な働き方を提供することが求められる」というものである。
 この結論に至るために順を追って説明をしたい。まず、年功賃金の変化である。年功賃金とは、言うまでもなく年齢や勤続年数とともに賃金が上昇していく賃金形態である。つまり、若年期(20~30代)には相対的に低い賃金が支払われ、中高年期(40~50代)には高い賃金が支払われることになる。
 そもそも中高年期に、相対的に高い賃金が支払われることに経済的な合理性は存在するのだろうか。これを理解するには、米国の経済学者ラジアーの理論を用いるのが有用である。ラジアーの理論では、縦軸に賃金と貢献度、横軸に年齢をとった概念図が用いられる([図表]参照)。

[図表]ラジアーの理論でみる年功賃金の経済的合理性

 ※浜銀総合研究所作成

 この概念図のポイントは、若年期に貢献度より低い賃金で働き、その差を中高年期に受け取るという点である。通常、経済学では、どの時点でも「貢献度(生産性)=賃金」が成り立つとしているが、ラジアーの理論では、ある一時点を取り出しても「貢献度=賃金」にはなっていない。ただ、入社から定年までの期間を通してみると、概念図の斜線の部分とグレーの部分が一致することで、最終的に「貢献度=賃金」が成り立つ可能性があることを指摘している。つまり、中高年期に高い賃金となっているのは、若年期に頑張った分をもらっているという理解が成り立つ理論なのである。
 ここで問題になるのが、わが国の年齢階級別の人口構成の変化である。理論的には、若年期の「貢献度>賃金」の部分を中高年期に受け取り、働く期間全体で「貢献度=賃金」となるようにバランスを取ることになる。しかし、現実的には、若年期の「貢献度>賃金」の部分を積み立て、それを中高年期に引き出すという運用は不可能であるため、その時々の企業の稼ぎで中高年期の「貢献度<賃金」を埋めていると考えるのが自然であろう。
 総務省「国勢調査」で年齢階級別の人口構成の変化を確認すると、1970年代は人口構成がピラミッド型になっており、中高年層の人件費負担はそれほど目立たなかったと考えられる。ただ、1990年代になると、団塊の世代(1947年から1949年生まれ)が中高年期となり、労務費負担の重さが意識されるようになったと推察される。さらに、2010年代は人口構成が逆ピラミッド型に近づいており、中高年期の「貢献度<賃金」の支払い負担はかなり重くなっている。
 実際、こうした負担増を和らげるため、企業は賃金カーブをフラット化させている(賃金の年功度合いを緩めている)。例えば、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」で、典型的な日本型雇用慣行の特性が現れる大学卒・男性、大企業勤務(企業規模1000人以上)の労働者の年収を見ると、1988年時点では、20~24歳の賃金を1としたときの50~54歳の賃金は3.81となるが、2018年時点では、50~54歳の賃金が2.84倍となっており、賃金の年功度合いが弱まっていることが分かる。

岐路に立つ終身雇用

 さて、中高年期の「貢献度<賃金」の部分は、若年期の「貢献度>賃金」の部分を後払いという形で得ていることから、年功賃金は「後払い型の賃金」と解釈することもできる。賃金が後払いになっているため、労働者側にとっては、若年期の「貢献度>賃金」を取り戻すために、長く働くことが合理的な行動になる。企業側としても、長期勤続を保障することで、労働者の定着を促すことには一定の合理性がある。こうした長期勤続を前提に、企業は新卒を一括で採用し、職業訓練を施して彼ら/彼女らの生産性を引き上げる。結果として、高い生産性を有する労働者が自社で長く働く状態を作り出すことができる。年功賃金により、労働者側にとっても企業側にとっても長期勤続が合理的な選択となり、こうした慣行が終身雇用として広く受け入れられている。
 年功による賃金上昇が期待できなくなれば、労働者は必ずしも一つの企業にとどまる必要がなくなるため、自身のスキルを高く評価してくれる企業へ転職する者が増えることになる。転職が一般化した場合、長期勤続(終身雇用)が前提とならないため、新卒を一括で採用して、彼ら/彼女らに職業訓練を施して生産性を高めようという企業側のインセンティブも弱まることになる。年功賃金の維持が難しくなれば、当然の帰結として終身雇用も揺らぐことになる。その影響を強く受けるのが現在の30~40代の労働者である。
 年功賃金の維持が難しくなる中で、今後は、若年か中高年かに関係なく、どの時点においてもスキル(それに基づく貢献度)と賃金が結びついた賃金形態(同一価値労働同一賃金)が徐々に一般化していくとともに、長期勤続を前提としない人材管理を行う企業が少しずつ増えていくと考えられる。

重要性が増すリカレント教育

 現在の30~40代の労働者の中には、年功賃金と終身雇用の下で将来の賃金上昇と安定した雇用を前提に将来設計をしている者もいると考えられる。しかし、スキルに基づく賃金形態が一般化すれば、スキルを伸ばした労働者には賃金の上昇が約束される一方で、スキルに大きな変化のない労働者については、年齢を重ねても賃金上昇を見込めない状況に陥ると考えられる。また、長期勤続を前提としない企業が増えていく中で、不安定な雇用にさらされる者(「終身雇用難民」)も出てくる恐れがある。技術進歩が速く、スキルが陳腐化しやすい環境下では、若年期に身につけたスキルだけで、その後の職業人生を全うするのは困難である。
 こうした中で、30~40歳代からのリカレント教育の重要性が高まっていくと考えられる。リカレント教育とは、社会人の自己啓発および学び直しのことである。しかし、わが国において、リカレント教育を受けている者の割合は国際的に見て低い、というのが現状である。例えば、OECD(経済協力開発機構)のデータで、25~64歳のうち教育機関で学ぶ人の割合を見ると、日本は2.4%となっており、英国(15.8%)や米国(14.3%)に比べてかなり低く、OECD平均(10.9%)も下回っている。
 厚生労働省「平成30年度能力開発基本調査」で、「自己啓発を行う上での問題点(正社員)」をみると、「費用がかかりすぎる」や「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」という回答が上位にきていることが分かる。確かに、大学院などの教育機関で学ぶ際の金銭的負担が重いのは言うまでもない。しかし、それ以外でも低コストでチャレンジ可能な自己啓発(セミナー、講演、社内勉強会、読書会の参加など)は数多く存在する。また、一定の要件(45歳未満など)を満たす雇用保険の被保険者または被保険者だった者については、厚生労働大臣の指定する教育訓練を受講し、修了した場合、教育訓練給付金が支給される。要は、学び直しをしようという意志さえあれば、必ずしも金銭的な問題が自己啓発の障害にはならないということである。
 一方で、長時間労働のために自己啓発の余裕がないという点は問題である。働き方改革が進み、ワーク・ライフ・バランスを意識する企業は少しずつ増えているものの、現状、こうした企業が大勢とは言い難い。ただ、このような状況は人事担当者にとってはチャンスになるかもしれない。高いスキルを持つ労働者は、自身のスキルを向上させることに余念がないため、継続的に自己啓発を行える環境を求めており、企業を選ぶ際にもこうした点を重視する。
 言うまでもなく、今後、高いスキルを持つ労働者の獲得競争は一段と激化する。しかし、こうした人材の獲得競争まで視野に入れて、働き方の整備を行っている企業はそれほど多くない。人事担当者としては、ハイスキル人材を惹き付けるために、彼ら/彼女らにとって魅力的な働き方を他企業に先んじて提供できれば、優位な立場で人材獲得競争を戦うことができる。日本型雇用慣行が揺らぎ、労働市場が変化しつつある今こそ、人事担当者の力が試される局面と言えよう。

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