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Point of view [2019.09.27]

第143回 林 光緒

睡眠不足大国ニッポン ~その問題と課題~

林 光緒 はやし みつお
広島大学 大学院総合科学研究科 教授

広島大学教養教育科目「睡眠の科学」を担当するなど、講義や各種講演を通して睡眠に関する知識の普及を目指した活動を行うほか、睡眠改善を目的として設立された一般社団法人日本睡眠改善協議会に学術評議員として参画し、睡眠に関する正しい環境と生活習慣をアドバイスする「睡眠改善指導者」の養成に携わる。日中の眠気と仮眠の効果に関する研究や、睡眠習慣と睡眠衛生に関する研究を行っている。

世界で睡眠時間が一番短い国、日本

 経済協力開発機構(OECD)が2019年7月に発表した報告では、日本人の睡眠時間は断トツに短く、平均7時間22分であった。第2位の韓国の7時間51分と比べても30分近く短く、OECD加盟33カ国の平均睡眠時間である8時間27分よりも1時間短い。24カ国の大学生の睡眠時間を調べた調査においても、日本人大学生は6時間8分と断トツに睡眠時間が短く、第2位の台湾人大学生よりも25分短かった。24カ国の平均睡眠時間7時間28分と比べると、1時間20分短いことになる。
 しかし、日本人の睡眠時間はもともとこれほど短かったわけではなく、年々徐々に短くなってきた。NHKの国民生活時間調査によれば、平日の平均睡眠時間は、2015年は7時間15分であったが、50年前の1965年では8時間5分と、今よりも50分長かった。
 近年、インターネットやスマートフォン、コンビニの普及などに伴って、24時間いつでも娯楽やサービスを受けられる時代になってきた。このような時代の変化もあいまって、夜更かしをする人口が増えてきていることがその背景にある。

睡眠不足は生活習慣病だけでなく脳機能に悪影響も

 睡眠時間が短くなると睡眠不足が慢性化し、睡眠負債を貯め込むことになる。睡眠負債は循環器系、免疫系、代謝系、消化器系などの身体症状に悪影響を及ぼすことがこれまで多くの研究で指摘されている。睡眠負債によって高まるリスクとして、循環器系機能では高血圧や虚血性心疾患など、免疫系機能では乳がんや大腸がん、ウイルス感染、アレルギー性疾患など、代謝系機能では肥満やⅡ型糖尿病、高脂血症など、消化器系機能では機能性便秘や過敏性腸症候群などがある。さらにこれらの影響によって死亡リスクが高まることも明らかになっている。このように睡眠負債は生活習慣病の大きな原因の一つである。
 しかし、食習慣や喫煙、飲酒などの生活習慣と、睡眠負債とでは決定的に違うことがある。それは脳への影響である。アミロイドβタンパクなど覚醒中に蓄積されるタンパク質凝集体は、過剰に作り出されるとアルツハイマー病やパーキンソン病など老化に伴う神経変性疾患の原因となる。最近の研究では、これらタンパク質凝集体は、睡眠中に脳外に排出されていることが明らかになってきた。つまり睡眠中には、脳内老廃物を洗い流すことによって脳のメンテナンスが行われているのである。睡眠負債を抱えた状態では脳のメンテナンスが十分行われず、その結果、日中の眠気や疲労感だけでなく、注意力や集中力の維持困難、記憶や学習、認知機能の低下、論理性や創造性の低下、感情制御の低下や抑うつ、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症の発症リスクの上昇など、脳機能、とりわけ前頭葉の機能に重大な悪影響が現れることになる。
 睡眠時間が年々短くなり過大な睡眠負債を抱える日本人では、このような脳機能への悪影響が非常に懸念されるところである。

土日の寝貯めの効果は

 平日は睡眠不足がちになるため、週末にまとまって寝貯めするという人も多い。しかし、週末の寝貯めには問題もある。週末に起床時刻が遅くなると、体内リズムに遅れが出てしまい、軽度の時差症状が生じるからである。
 われわれの体温は一日の中で変動し、夕方に最高、早朝に最低となる。その差は0.5~1℃ほどである。夜は体温が徐々に低下していき、夕方の最高体温と早朝の最低体温の真ん中付近まで体温が下がったところで眠りに就く。体温が睡眠中に最低になったあと徐々に上がっていき、最低体温から2~3時間経過した頃に目が覚める。
 週末に体内リズムが遅れてしまうと、遅れた時間だけ日曜の夜は体温が高いままで、なかなか眠れない上に、月曜の朝はまだ体温が十分に上がらず、目覚めにくい。このように週末に寝貯めをすると、月曜の朝は睡眠不足と低体温により、眠くてだるい。これがブルーマンデーの原因の一つにもなっている。
 月曜から頭をスッキリさせるには、週末に寝貯めをしなくてすむよう、平日に睡眠負債を抱えないよう努めることが大切である。しかし、どうしても週末に睡眠不足が残る場合は、体内リズムへの悪影響を極力抑えるため起床時刻が平日よりも2時間以上遅くならないようにしたい。

ブルーライトの影響

 われわれの体内リズムは24.2時間程度と、24時間よりも少し長い。毎朝、朝日を浴びることで24時間にリセットしている。しかし、夜に明るい照明を浴びてしまうと、体内リズムが遅れてしまい、24時間よりも長くなってしまう。これが夜更かしや朝寝坊につながっていく。光の中でも体内リズムに影響するのは、440~490ナノメートルの波長の青色光、いわゆるブルーライトである。夜、ブルーライトを浴びると、体内リズムを調整するホルモンであるメラトニンの分泌が抑制される。メラトニンの分泌が抑制されると夜間の体温低下も抑制されるため、眠気が生じにくく、眠りにくくなる。これを防止するには、夜、ブルーライトを浴びないようにすることが大切である。例えば、夜はLED照明を「全灯」にせず、白熱灯色など暖色系の光に調光したり、就床直前のテレビの視聴は控えるようにしたりする。「全灯」の白色タイプの光は、青色LEDによってブルーライトが強調されるからである。
 スマートフォンにもLEDが使われているが、画面が小さいためブルーライトの影響はさほどではない。しかし、スマートフォンの使用自体が覚醒レベルを上げてしまい、睡眠を妨害する。就床前30分程度は、スマートフォンは使用しないよう心掛けたい。

睡眠と覚醒は等価交換

 寝ている時間がもったいないという人も多い。そういう人は、少しでも睡眠時間を削り、覚醒時間を延ばそうとする。しかし、限られた資源の中で、「量」を増やせば「質」は落とさざるを得ない。睡眠と覚醒も同じで、覚醒時間、すなわち覚醒の「量」を増やせば、その分、覚醒の「質」は下がる。質が下がった結果、先述のような脳機能の低下が生じる。これでは何のために睡眠時間を削ったのかが分からなくなる。むしろ、脳機能を上げるために、覚醒の「量」を抑えて、覚醒の「質」を高めることをお勧めしたい。そのためには睡眠時間を十分確保することである。
 著者は広島大学において、大学生を対象とした睡眠習慣の改善を10年前から試みており、睡眠習慣の改善によって覚醒の質を高めることに成功した学生を数多く見てきた。朝、起きるのが苦手で、授業中に居眠りが絶えなかったという学生でも、睡眠習慣の改善によって目覚まし時計が鳴る前から目が覚めるようになり、授業中の居眠りや眠気がほとんどなくなったという者が多い。それらの学生は口をそろえて、一日がとても長くなったように感じるという。睡眠負債を抱えていると眠気が強く、一日があっという間に終わる感覚になる。しかし、睡眠時間をしっかり確保することで覚醒の質が上がると、朝から元気になり、日中の活動が充実したものになる。
 このように十分な睡眠をとることが充実した覚醒時間を生み出すことにつながる。睡眠と覚醒は等価交換であるということをぜひとも心にとどめていただきたい。

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