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Point of view [2019.07.12]

第138回 久保智英

いつでもどこでも働けることの是非
―「つながらない権利」について考える

久保智英 くぼ ともひで
独立行政法人 労働者健康安全機構
労働安全衛生総合研究所 上席研究員

2003年3月 中央大学文学研究科心理学専攻にて修士(心理学)、2007年10月 名古屋市立大学医学研究科にて博士(医学)を取得。2008年4月 (独) 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所に任期付研究員として着任。2017年4月より上席研究員。2011年2月 フィンランド労働衛生研究所にて客員研究員。専門は産業保健心理学、睡眠衛生学、労働科学。労働者の疲労と睡眠の視点から勤務間インターバルと疲労回復の関係についての研究に従事している。

いつでもどこでも働けること
―「always-on work」

 読者の方は、自分のスマートフォンを出勤する際に自宅に忘れてしまった日は、どのような気持ちになりますか? おそらく、大半の方は不安を感じられることでしょう。つまり、私たち現代の労働者は、スマートフォン、もっと言えば、目の前には存在していない「社会」とのつながりに心理的に拘束されてしまっているといえるのではないでしょうか。
 スマートフォンなどの情報端末機器が登場して以来、私たちの暮らしはいつでもどこでもネットにつながることができるようになりました。スマートフォンの代表格としてはapple社のiPhoneが挙げられますが、それが日本で初めて発売されたのは2008年のことです。それからわずか10年足らずで、私たちの暮らしや働き方が劇的に変化したことを、皆さんも実感されていることでしょう。
 そして、今回は、いつでもどこでも働ける、良く言えばフレキシブルな働き方、別の言い方をすれば「always-on work」という新しい働き方がわれわれの健康や安全にどのような影響があるのかについて述べたいと思います。

「つながらない権利」とは

 2017年にフランスにおいて、「つながらない権利」を認めるものとして、勤務時間外の仕事に関わるメールや電話での連絡を規制する法律が施行されたことは記憶に新しいニュースだと思います。また、フランスよりも少し前に、ドイツの一部の州においても「反ストレス法案」という名称で、「つながらない権利」と同様の法律が検討されていました。フランスもドイツも、日本よりもずっと労働時間の短い国として知られていますが、なぜ、あえて労働者に「つながらない」ことを保障しようという動きになったのでしょうか?
 国別にさまざまな背景があるとは思いますが、やはり、情報通信技術の発達によって、「always-on work」が可能になり、両国においても統計上には現れない「目に見えない労働時間」が増えていて、それに対する歯止めとして「つながらない権利」を労働者に保障するようになったのではないかと、著者は捉えています。また、この動きはフランスとドイツだけにとどまらず、私の知る限り、現在はイギリス、ニューヨーク市、イタリア、フィリピンなどの国・地域にも広がっており、これから全世界的に考えなければならない重要な問題になってくるのだと思います。ちなみに、もう既に、2018年7月12日の最高裁で、イギリスのある環境衛生マネジメント会社がオフィス外での電話を受けたことに関し、裁判に負けて元従業員に6万ユーロの賠償金を支払ったという事例も出てきています。

労働者の疲労回復には、
心理的にも仕事の拘束から離れることが大切

 そこで、いつでもどこでも「つながれる」ことがなぜ問題なのか、労働者の疲労回復という視点から、今一度考えてみたいと思います。最近の研究では、働く人々の疲労回復やストレス解消には、勤務時間外において、物理的に仕事から離れる(つまり、退社する)ことだけではなく、心理的にも仕事の拘束から離れることが重要だと言われています。これを「サイコロジカル・ディタッチメント(心理的距離)」と呼び、ドイツなどで盛んに研究が進められています。
 研究の一例を紹介しましょう。[図表]は、横軸に実験参加者の自己報告による「翌日の仕事への不安度」(値が高ければ高いほど不安)、縦軸に睡眠脳波で測定した夜間睡眠中の"徐波睡眠"と呼ばれる疲労回復に重要な「深い睡眠段階の量」を示し、両者の関連性を実験的に検証したものです。その結果、ディタッチできていなければいないほど、その日の夜の徐波睡眠量が減ってしまっているという関連性が示唆されています。

[図表] 翌日の仕事への不安と徐波睡眠の出現量の関連性

 最近でこそ認知されるようになりましたが、睡眠をしっかりと取ることは健康面や安全面はもちろんのこと、生産的に働く上でも重要なファクターです。これをマネジメントの視点から考えた場合、例えば、夜眠る前や深夜の時間帯に仕事のメールを見るなどといった対応をさせることは、従業員の睡眠の質を悪化させ、彼らの生産性の低下につながる可能性を示唆する知見として捉えることができるでしょう。

セグメンテーション・プリファレンス

 しかし、一方で、オフでも仕事のメールをチェックしていないと気が済まないという方がいるのも、また事実です。もちろん、大前提として、そこまでしないと片付かないほどの仕事量を持たされているのは論外ですが、嗜好(しこう)性としてオンとオフをうまく統合して働きたいと思う方もいるはずです。こういったオンとオフでの働き方への嗜好性のことを、「セグメンテーション・プリファレンス」といって、オンとオフを統合して働きたい人を「インテグレーター(integrator)」、オンとオフはきっぱり分けたいという人は「セグメンター(segmentor)」と呼びます。
 ある調査では、参加者のセグメンテーション・プリファレンス別に、仕事に関わるスマートフォンのオフでの使用頻度と、仕事と家庭のバランスがうまくいっていないときに感じる感覚(work family conflict)の関連性を調べました。結果、セグメンターたちはオフでのスマホ使用頻度が異なっても、work family conflictに影響はなかったのですが、インテグレーターの場合、逆に、オフで仕事に関わるスマートフォン使用頻度が低い日にはwork family conflictが生じるという結果でした。したがって、いくら、健康には良くないと言っても、一概に「つながらない権利」を強いても逆にストレスを感じてしまう労働者も一定数いることが推測されます。

職場の風土に合った運用を

 しかしながら、上述したとおり、それは常識の仕事量の範囲での話であることに留意する必要があります。つまり、インテグレーターであろうと、セグメンターであろうと、生身の人間ですので、自分の許容量を超えて働き続けることは生産性を低下させ、健康を害してしまうことになるでしょう。加えて、「つながらない権利」は新しい働き方における重要な問題ですが、ルールだけ押し付けられても、形骸(けいがい)化してしまうことは想像に難くありません。重要なのは、その職場の風土や実情に合わせた形で、どううまく運用するかです。もちろん、生物としてのわれわれの身体の特性を考えて言えることは、疲労回復に重要な睡眠の質を低下させるような「always-on work」の在り方は極力避けるべきです。
 それでも繰り返しになりますが、「つながらない権利」を検討する国が増えてきている今、情報通信技術がこれからますます発展していくことを考慮すると、常時仕事につながれる、つながってしまう労働環境は今以上に増えるでしょう。したがって、今すぐに、「つながらない権利」が日本で採用されることはないとは思いますが、そのような働き方に対する職場でのマナーの形成、あるいは、フレキシブルな働き方のメリットを活かしつつ、「always-on work」のデメリットをどのように減らすのかなど、その対応を考え始める上で今が良い機会なのではないでしょうか。

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