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Point of view [2019.04.26]

第133回 長嶺超輝

人事労務に関わる社会人なら知っておきたい、
労働判例の「味わい方」

長嶺超輝 ながみね まさき
フリーランスライター 出版コンサルタント

長崎県生まれ。大学卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で落ち続けて断念し、上京。その後に刊行した『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)が31万部を超えるベストセラーに。その後、記事連載や番組出演多数。現在、著書13冊。『会社法務A2Z』にて「会社労務ありがち事件簿・霊界編~もし「あの世」にも労働法があったら~」を連載中。

 この記事をお読みの皆さんにとって「労働判例」とは、どのような存在だろうか。
 人事や労務に関するセクションに"不本意にも"配属された方にとっては、上司からの指示で仕方なく読まされるものかもしれない。
 ただ、労働判例の中には、企業と労働者との間の利害が衝突するトラブルを巡り、さまざまな人々の感情が渦巻いている。しかも、社会人にとっては身近な話題ばかりだ。
 さらには、そのトラブルを解決する法的基準を設定するに当たっては、裁判官や弁護士といった法律のプロフェッショナルたちによる多大な努力や英知が注ぎ込まれている。
 ロジックと喜怒哀楽の結晶ともいうべき労働判例が、読み物として面白くないはずがない。

……と、筆者の私だけが熱く語っても、読者との温度差が広がるばかりだろう。そこで、労働判例の「読み方・味わい方」について、基本的なコツを披露させていただきたい。

■最優先で押さえるべきは、最高裁の「判例」

 ご存じのとおり、日本の司法システムは「三審制」である。地方裁判所(地裁)の判決に不服があれば、高等裁判所(高裁)に控訴できるし、その判決に不服があれば、最高裁判所(最高裁)に上告できる。
 そして、最高裁の判決や決定のうち、理由の中で示された判断基準が「判例」となる。
 判例は事実上、法律を埋め合わせる社会的ルールとして機能している。国会が作った法律の条文には、ハッキリと書かれていなかったり、制定当時に想定されていなかったりするなどの事情で、いくつもの「ルールの穴」があるからだ。
 もちろん、時代の流れなどで判例が変更されることもある。ただ、そのためには最高裁の裁判官15人全員が集結する大法廷を開かなければならない。判例変更は法改正と同じぐらい、そう簡単に行われるものではないため、判例にはルールとして一定の安定性が担保されている。
 もちろん、すべての事件が最高裁に上告されるわけではない。高裁までで決着が付いた(当事者双方ともに上告理由が示せなかった)もの、あるいは地裁で終わったものもある。
 こうした地裁や高裁レベルの判決も、同種の事件で最高裁の判例が見当たらなければ、そのうち、先例としての価値が見いだされた判決が判例集などに載ることが多い。
 ただし、地裁や高裁レベルの判決は、最高裁の判例ほどは意見や価値観が集約されていない。そのため、別の裁判所の別の裁判官であれば、違う結論が示されることは十分にあり得る。
 このような性質から、地裁や高裁レベルの判決を、あえて最高裁の判例と区別して「裁判例」と呼ぶ場合もある。

■法律の条文から離れて、判例は存在しない

 労働判例を読んで、その判決の結論だけを覚えても、それは"知ったかぶり"にしかならないので、くれぐれも注意したい。
 そもそも、なぜ裁判が起きたのだろうか。法律にルールがハッキリと書いてあれば、裁判にまで発展しないし、弁護士に相談を持ちかけた時点で説明され、提訴が止められる。
 つまり、法律にルールが書かれていないから、裁判になっているのである。あるいは、法律はあっても、条文に使われている言葉の意味があいまいだったり、複数の意味に読めたりするために、裁判で決着を付けようとするのだ。
 よって、労働判例を読むときは、必ず労働基準法など労働法の条文とセットで照らし合わせなければならない。そうしない限り、何がどうなってもめているのかが分からない。その裁判の「争点」がどこにあるのか、どこにお互いの言い分の食い違いが存在しているかを意識できていなければ、本来、判例を読んでも理解できないはずなのである。
 例えば、会社が労働者を整理解雇するのに、厳しい条件を課した「整理解雇の4要件」は、東洋酸素事件(東京高裁 昭54.10.29判決)で初めて示された。
 こうした裁判は、民法(627条)や労働基準法(20条)には、解雇について、基本的に会社が自由に行えるようにしか読み取れない条文しかなかったために起こされたのである。そして、労働者がクビを切られたら非常に弱い立場に置かれる社会実態を反映していないことが問題視されての司法判断が行われている。労働基準法などの改正を待っていては、解雇された労働者が路頭に迷いかねない。そのため、裁判所が会社の解雇権に歯止めを掛ける解釈、つまり条文に書かれていないルールを緊急に作って、労働者を保護する判断を行ったわけである。
 労働基準法に、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と、初めて解雇権濫用防止ルールが定められたのは、東洋酸素事件判決から20年以上がたった2003年のことである(現在は労働契約法16条に規定)。しかし、解雇を巡っては現在も「客観的に合理的な理由」「社会通念上相当」とは何なのか、裁判で明確にしようとする動きが後を絶たない。
 労働法とは、有名な労働基準法のほか、労働組合法、労働契約法、男女雇用機会均等法、最低賃金法、パートタイム・有期雇用労働法、育児・介護休業法など、いくつかの法律を束ねた総称である。ほとんどの労働法は、「立場が弱くなりやすい労働者の側を保護する」ために作られていることを意識しておくと、条文や判例も読み進めやすくなる。

■会社側が勝った判例なら「会社に有利」……とは限らない

 人事や労務、法務のセクションで勤務している方々は、労働者よりも「会社の立場」で、労働法や労働判例を読むことが多いだろう。
 そこで「会社側が勝った裁判の判例」を重点的にストックしておく人もいるかもしれない。しかし、会社が勝った判例だからといって、その基準があらゆる会社に有利に当てはまるとは限らない。
 ほとんどの司法判断には「原則」と「例外」がある。原則とは、まず優先的に適用されるルールのことである。そして、例外は、ある条件の下で原則が適用されない場合に適用されるルールをいう。つまり、その判例で企業側は「原則が適用されたから」勝ったのか、「例外が適用されたから」勝ったのかを読み取らなければならない。
 また、判例には「射程」という概念もある。そもそも裁判の判決は、その会社のその事件に対して下されたものであり、実際に起きた個別の事件を解決に導くのが最優先課題である。その解決のために判決理由の中で一定の基準が示される。
 ただし、その基準は、他の会社で今後起きるであろう同種の事件で、どこまで当てはまり、どのような場面まで同様の結論が導かれるのかは、決して定かではない。
 そこで、その判決が示した基準が、前提として拠って立つ理論や考え方を読み取って、たとえ同種の事件であっても、どのような場面までその判決と同様の結論が出るのか、つまり「射程」を把握する必要がある。
 もちろん、「会社側が負けてしまった裁判」から裏返しで、どのような局面なら会社が勝てたのか、射程を読み解くこともできる。
 射程を把握するのは、いわば「判決予想」のようなものだ。実際に判決理由の中から読み解こうとするのは、プロの法律家でも簡単ではないし、時間もかかる。そこで、判例雑誌の解説文などを読んでみるとよい。『労働判例』『判例時報』『判例タイムズ』などが代表的な解説付き判例集である(ただし、これらの判例集に載っていない判決文の射程は、自身で調べたり弁護士に相談したりする必要がある)。
 この射程をうまくつかめれば、万が一裁判に巻き込まれたときにでも自社に有利な主張を展開できる。また、そこから逆算し、先回りして就業規則の不備を埋めたり、規定を充実させたりすることで、リスクヘッジを講じることもできる。

■まずは判例集を読んでみよう

 いろいろと難しいことを書いてしまったが、まずは判例集を読んでみよう。
 労働法に詳しくない方でも、きっと、判例に書いてある「事件の経過」なら、事実経過のストーリーとして興味深く読めて、同情や共感、怒りや呆(あき)れなどの感情が湧く場面もあるはずだ。
 当事者双方の気持ちや立場、事件後の展開などに想像を巡らせ、どちらの立場が気の毒か、企業の発展のためにどこまで労働者が負担を強いられるべきかを考えていただきたい。そして、合わせて関連する法律の条文にも実際に触れてみることをお勧めする。
 もし、社内で頼られる労働法のエキスパートになりたいのなら、実践に勝る手段はない。

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