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「働き方改革」の焦点――労働市場改革と「働き方改革」をつなぐカギ [2018.03.27]

第3回 過重労働規制の裏側にある示唆


田添忠彦 たぞえ ただひこ
ソフィアコンサルティング株式会社
代表取締役社長

◆第1回:「副業・兼業」に秘められた人事戦略のカギ

◆第2回:裁量労働制を巡る真の課題と可能性

◆第3回:過重労働規制の裏側にある示唆

◆第4回:解雇規制緩和論の脆弱性を克服するカギ

◆第5回:プロジェクト思考で進める間接部門の「働き方改革」

◆第6回:あらためて浮上する人材育成の価値

1.「過重労働」とは?

最近では、「過重労働」という言葉がすっかり世間に定着した感があるが、その正確な意味はあまり浸透していない。もっとも、法律用語ではないので厳密な定義があるわけではないが、日本企業が歩んできた労務管理の歴史から、ある程度の意味づけは可能である。

つい最近まで、西欧諸国に比して長時間であることだけが課題であった日本の労働時間管理に、やや異なる性質の問題が付け加わるようになったのは、2000年代初頭である。

当時、サービス残業(賃金不払い残業)の摘発が盛んに行われて社会問題化する一方で、職場におけるメンタル不調の問題が大きくなってきていた。そうした象徴的な事態は、長時間労働問題が業務効率や仕事配分といった単純な要素だけでなく、職場の人間関係や組織風土といった要素をはらんでいるのではないか――ということを十分に示唆していた。

その後、メンタル不調など精神障害に関わる労災認定の件数は増加の一途をたどり、サービス残業の是正指導件数と規模は、増減を繰り返しながらもほぼ横ばいで推移して今日に至っている。

そうするうちに、近年になって「ブラック労働」が急速に社会問題として注目されるようになった。「ブラック労働」の直接の意味は、法令に著しく反する労働契約や労務管理である。したがって、それ自体は特段最近の傾向というわけでもなく、以前から一定の割合で存在していたものである。残念なことに、日本企業の中には少なくない割合で、労働法令の順守を軽視する経営が存在しているのである。

しかし、「ブラック労働」が表すニュアンスは、単なる法令違反とはやや異なる。それは簡単に言うと「闇」であり、より概念的に言えば、パワハラ行為等の不合理な組織的抑圧を伴う不法経営ということになろう。そして、ここで考えようとしている「過重労働」とは、やや意味が広いとはいえ、「ブラック労働」とほぼ同義である。

2.労働改革の歴史的経緯とその問題点

このように、過重労働問題に直面しているわが国産業界だが、注目しておくべきことは、わが国では長年にわたって労働時間短縮を軸にした労働改革運動が継続されてきたということである。今日の過重労働問題は、その帰結でもある。つまり、問題を改善しようとする取り組みの一方で、単に問題が解決しないばかりか、見ようによっては問題がより深刻化しているのである。

その点の理解を深めるため、簡単に歴史的経緯を振り返っておく必要があろう。

残業の削減等によって欧米諸国並みの労働負担を実現しようとする運動は80年代から盛んであり、その流れを定着させるべく時短促進法が制定されたのは1992年のことである。

それから四半世紀、労働改革の流れには主に四つの段階に整理できる。

第1段階は、いわば単純な労働時間短縮運動の時代、主要国中の比較論で日本の労働時間が長いので短縮しようと試みたある意味明快な時期である。

第2段階は、2000年前後から登場した「ワーク・ライフ・バランス(WLB)」である。この考え方は、時間を労働契約で規定された労働時間とそれ以外の私生活時間に分け、現状労働時間が多いので、私生活時間のウエートを増大させバランスを回復しなければならないとする思考である。ただ、人生の時間を仕事と私生活に分ける発想自体は、戦後一貫して機能してきた労基法の労働観そのものにほかならない。周知のように、現在でも労働法は、労働時間の増減に応じて給料を増減させる"ペイ・フォー・タイム"を基本としている。したがって、WLB論の弱点は、企業従属的な人生を私生活重視の人生に変えようと唱える一方で、その労働観自体は、既存の労働法体系と共有している点にある。

第3段階は、2000年代中盤。ダイバーシティ理念が輸入され、大企業を中心に急速に浸透していく。WLB論がほぼ「時間」だけにしか着眼しなかったのに対して、ダイバーシティがもたらしたのは文字通り「多様性」視点の経営への導入である。ダイバーシティ論は、さまざまな労働時間の趣向(時間の長短だけでなく)が存在する背景に、人間とその生き方の多様性およびその融和を構想する。仕事にのみ打ち込む人生もあれば、趣味を中心に生きる人生もある。また、人生の時期によっても、そのウエートは大きく変動する。仕事に打ち込める時期もあれば、介護や育児等の事情で仕事時間を大きく減らさざるを得ない時期もある。

そうした多様な人生を包括する発想を持つことが、ひいてはビジネスライフの充実につながるとする主張には一定の説得力があり、現在では多くの大企業にダイバーシティ室等の専門部署まで設置されている。ただ、日本のダイバーシティ運動の課題は、その具体策のほとんどが、多様性という課題全体から見れば一部にすぎない性差の融合、有り体(てい)に言えば「女性活躍推進」限定の意味になってしまっている点であろう。

以上のような三つの段階を経て、2010年頃から「働き方改革」が言われ始め、2012年の安倍政権の誕生に伴い、デフレ克服のマクロ経済政策を含めた概念として一気に普及し今日に至っている。

3.各時代の労働改革からの教訓

四つの段階の労働改革の特徴を、①労務管理、②キャリア、③多様性、④人件費、⑤生産性、⑥ビジネスという六つの要素で整理できる。①~③が労務管理を含む純粋に人事的要素なのに対して、④~⑥は経営管理全般に関わる要素である。

前記した労働改革の第1段階では、その関心の軸は当然労働時間削減にあったが、それと不可分一体の残業手当削減等も一応ターゲットになっていた。第2段階のWLBは労務管理に加えて②のキャリアマネジメントにも関心が広がったものの、反対に経営管理的要素は軽視されていた。この傾向は第3段階のダイバーシティ運動でも継続している。ダイバーシティとWLBとの違いは、そこに多様性マネジメントの視点が加わっていることにほぼ尽きる。

これに対して、昨今の「働き方改革」は明らかにこれまでとは趣向が異なる。その主な事情は、主導する政府の政策が、単に労働のみならず労働市場改革を通じた経済社会の活性化、すなわちデフレと少子化高齢化の克服を見据えている点にある。そのため、労働改革の目指す方向として、生産性向上ひいてはそのために避けられないビジネスと市場の問題にも政策の視野を広げている。

確認されるべきことは、ここまで見てきたさまざまな形での労働改革が、その大本の基本問題である長時間労働すらいまだ克服できていない点だ。

一見すると、厚生労働省「毎月勤労統計」では、労働時間管理の中心指標である「総実労働時間」(所定内労働時間に残業時間を加え、有給休暇取得分を差し引いて算出する時間数)が年々低下しているように見える。バブル期に2000時間前後で推移していた労働時間が、現在では1700時間台にまで低下しているからだ。しかし、そこにはカラクリがある。いわゆる非正規雇用者(パートタイマー等)の増加である。同調査に見るパートタイム労働者比率は2017年平均で30.8%となっており、この20年間でほぼ倍の割合に増加している。そのパートタイム労働者を含めて平均するので年間労働時間が減っているように見えるだけで、フルタイム労働者だけで見た平均値では、日本の年間労働時間は依然として2000時間を超えておりほとんど変化していない。

それだけではない。労働改革が進められる一方で、サービス残業、パワハラ、メンタルヘルス、ブラック労働、さまざまな企業不祥事等々、今世紀になってクローズアップされてきた社会事象を見ても、問題はより複雑化し重篤化している。皮肉なことに、ヒューマニズム的な思考を根底に持つWLBやダイバーシティも、こうした事象の抑止にあまり効いていないのである。

労働改革の歴史はほぼイコール"ポストバブル経済"の歴史であり、日本経済がデフレを深刻化させていく過程と重なってきている。それと軌を一にするように、日本企業では「グローバルスタンダード」導入を軸にしてさまざまな「経営改革」が進められた。品質管理(ISO)や会計基準にはじまり、やがて成果主義人事や経営機構改革(企業統治改革)という経営組織面にも及んだ。

しかしながら、その総括として言えることは、ビジネスモデルやそれを支える組織体質問題が背景としてあるにも関わらず、その改革・克服を怠ってきたことが、今日問題を複雑にしている点だ。国を挙げて進められる「働き方改革」が、これまでの労働改革の焼き直し、すなわち労働時間を中心とした労務管理対応にだけ終始せず、さらには企業の戦略が、ビジネスと組織の変革を含む問題の構造にこれまでとは異なるアプローチで切り込めるかが重要な課題となっている。

4.過重労働規制のポイント

そこで、「働き方改革」の中で進む過重労働規制だが、ポイントは次の3点に集約できるだろう。

 ①労働局~労働基準監督署による継続的な取り締まり強化

 ②労働時間上限規制の法制化と罰則設定

 ③残業割増率の引き上げ

①については周知のように、労働局~監督署による取り締まり(監督・調査と是正指導)は近年厳格になっている。また2015年4月から、東京・大阪の労働局には、監督署とは別の特別組織として「過重労働撲滅特別対策班」(通称「かとく」)が設置されている。

東京労働局が公表した『平成28年の定期監督等の実施結果』によると、管内労基署による定期監督の対象件数は年間9700件にも及び、そのうちのかなり7割以上で法令違反が判明し是正指導を実施したとされている。

また、同じく東京労働局が2016年11月の「過重労働解消キャンペーン」期間中に管内で実施した重点監督結果では、対象となった482事業所のうち違法な時間外労働があったとして是正勧告を受けた割合が43.6%に上っている。

このように、報道されているのはそのうちのごく一部にすぎなくても、労働局~監督署の調査は私たちの身近で日常的に実施されており、同時に、過重労働抑止への行政からの強いメッセージを送り続けている。

②の罰則付き残業規制の法制化は、「働き方改革」における過重労働規制のいわば目玉である。これまで、厚生労働省告示によって示されていた残業上限規制を法に格上げすると共に罰則が設定されようとしている。政府として、こうした罰則設定により強いメッセージを示そうとしているのは確かだ。

③の残業割増率引き上げは、①②のいわば単純な「ムチ」とは、やや意味が異なる。

2010年の労基法改正に伴って行われたこの措置は、以下の3点がセットになっていた。

1)特別条項付き36協定による上限超過時の割増率引き上げ(努力義務)

 ※「上限」は厚労省告示基準の「月間45時間」。)

2)月間60時間超に係る残業割増率引き上げ)

 ※中小企業には、適用猶予措置設定)

3)月間60時間超の残業に係る「代替休暇」制度

それぞれの詳細説明は省くが、要は企業の労務管理に対して、残業の削減を促すための法改正措置である。

ここで検討してみるべきことは、③の残業割増率や「代替休暇」の意味が、①②の過重労働対策とはやや異なる点である。①②が罰則等によるいわば強制的かつ直接的な過重労働対策であるのに対して、③は残業割増率や休暇制度を活用した間接的な長時間労働対策である点に注目する必要がある。

5.残業に依存する経営の克服

そもそも、企業はなぜ社員に残業をさせるのだろうか。

もちろん、業務繁忙に対応するためだが、要員数に比して業務量が多ければ、新たに人材を採用してもいいのである。にもかかわらず、これだけ長時間労働が蔓延(まんえん)する背景には、長期的なコスト増につながる要員増と残業との比較において、残業の方に経済原理上のより大きなメリットが存在するからである。しかも、解雇規制の絡みもあり、既存社員による残業には雇用管理上のリスクがない。

では、そのメリットとは何か。それは前述の残業割増率に関係している。

分かりやすくするために、業務繁忙対応において、残業で処理する場合と新規雇用による増員で対応する場合の簡単な比較事例を見てみよう。

[図表]は、左側(左図)が残業で対応する場合、右側(右図)が新規雇用で対応する場合の人件費の構造を示している。比較の前提条件は下記のとおりである。

①このケースでは、左図に示したように、現状月間所定内労働時間150時間の会社が、A~C3名の現有社員に月間各50時間(計150時間)の残業をさせて、業務繁忙に対応している。

②右図は、この状態を1名の社員を新規雇用することにより、現状3名分の残業をカバーし、残業を完全にゼロにした状態を示している。

③4名の社員の業務生産性(=能力)および処遇条件(報酬)は、全く同一と仮定する。

比較上注目すべき点は、左図斜線部の計150時間に対応するコスト(残業代)と、右図斜線部の新規社員の総額人件費との"差"である。

左図の残業代は、おおむね月間固定給与の時間単価に法定残業割増率(普通残業の場合)である"1.25"を乗じた金額となる。これに対して、右図の新規社員1名では、総額人件費分(月間固定給与のほかに、賞与、福利厚生費、退職金準備等)丸々負担が増加する。総額人件費の月間固定給与に対する倍率は、厚労省の統計に基づいて算定するとおよそ"1.8"(従業員数1000名以上企業での平均で試算)である。

[図表]残業と新規雇用では、人件費で比較するとどれだけ違うのか?

つまり、残業で処理すれば「月間固定給与の時間単価×1.25倍×50時間×3(名)」で済んだものが、新規社員1名を雇用して残業をなくすと、1名の月間固定給与×1.8倍の負担へと増加するわけである。

この現象を反対に見れば、本来社員1名を雇用して行うべき繁忙対策を、既存社員に残業で分担させて処理することにより、企業は上記の差分だけ経済的なメリットを「享受」できることになる。

しかも、この月間固定給与と総額人件費の倍率は企業規模が大きくなるほど高くなる傾向があり、中小零細企業では1.6倍に満たないものが、大手企業では2倍を超えるケースも見られる。制度上のコンプライアンス体制が整備されているはずの大企業で、意外にも超長時間労働がなくならない背景には、こうした残業手当算定ルールに関わる構造が隠されている点を見逃すことはできない。

この構造により長年にわたって残業回避の動機が低下している結果、わが国産業界は下記のような帰結に至っている。

①主要企業であっても、過重労働や長時間労働が習慣化している。

②残業の前提としての36協定には、告示基準の残業上限を外せるルールである特別条項の設定が可能だが、多くの企業でこの特別条項が設定され、その規定内容には月間100時間を超えるような超長時間残業も可能とする取り決めすら散見される。

③そのようにして長時間残業が習慣化すると、新規雇用や人事異動、あるいは人材育成によって残業を低減させる動機が徐々に薄れ、本来「繁忙時」にのみ適用可能な特別条項を、年間6カ月を超えて運用する違反事例が蔓延しており、現に違反摘発や是正指導事例が多く発生している。

労基法改正として手が付けられつつある残業割増率の是正は、現状わずかな修正にすぎないとはいえ、他の直接的な残業規制策とは明確に異なる。上に見た残業発生メカニズムの構造を変更しようとする意味があるのだ。果たして実際の政府の意図がそのとおりかは分からないが、少なくとも暗黙にはそうした効果を秘めている。

つまるところ、企業経営は経済原理に基づいて行われているのであり、それに反するような施策は一時的には効果があっても、決して継続しない。そのことは、まさに先に見た労働改革の歴史的経緯が明かしている。長時間労働、またその延長線上に発生する過重労働を克服するには、「経済原理」の修正が必要なのである。

日本の労働契約は、二重の意味で市場経済原理から隔てられている。一つには、労働契約特有の労働者~会社間での指示命令関係により労働者側が弱い立場を余儀なくされるという、一般的な非対称性として。二つ目には、その意味で一般市場の価格決定メカニズムから閉じられた労働契約が、法令上の規範の不備によってさらに歪められるという意味で。

過重労働の構造的要因への対策はまだ緒に就いたばかりだが、企業経営が労働法によってある意味強制された短期的利益追求(人員増ではなく残業による利益発生)の連鎖から、人的資源の価値向上に基づく中長期的な利益追求へのパラダイムシフトを進められるかに、その成否も大きく依存している。

田添忠彦 たぞえ ただひこ
ソフィアコンサルティング株式会社 代表取締役社長
立命館大学文学部卒業。電子部品メーカー人事部、国内コンサルティング2社の取締役、パートナーを経て、2007年2月から現職。上場・中堅企業への人事労務・人材育成戦略に関わるコンサルティング実績多数。診断・戦略立案から制度運用、教育、組織改革までを一貫サポートし、戦略を重視しつつも、個別企業の実情と実務に密着した対話型コンサルティングを進める。企業、教育機関、労組連合、公共機関等での講演や、著作・専門誌での執筆実績多数。
HP:http://www.philosophia.co.jp
mail:tazoe@philosophia.co.jp

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