「働き方改革」の焦点――労働市場改革と「働き方改革」をつなぐカギ [2018.02.27]

第1回 「副業・兼業」に秘められた人事戦略のカギ


田添忠彦 たぞえ ただひこ
ソフィアコンサルティング株式会社
代表取締役社長

【シリーズのはじめに】

政治主導で進む「働き方改革」だが、企業での取り組みの軸は、依然、労働時間問題対応の周辺にとどまっている。つまり、政治と企業との方向感には明確な温度差がある。

その理由は、企業側はその労務戦略において、短期的に不可避の問題、例えば過重労働取り締まり対応や社員の退職防止等を優先せざるを得ないからだ。しかし、これまでもさまざまな短期課題対応に固執した結果、それ自体の解決さえ先送りにしてしまったのが、わが国の労働改革における歴史の常でもあった。

その点を踏まえると、今般の「働き方改革」の基本的課題は、労務戦略における「問題の顕在化~短期対応優先~問題解決の先送り」という負のサイクルをいかに抜け出せるかにあろう。さらにその先に、目先の問題の背後にある構造的課題へとアクセスし、国際競争力回復への足掛かりをつかむような取り組みとできるかどうかにある。

そこで本記事では、下記の6回シリーズで、政治・行政レベルと企業との「働き方改革」への思惑のズレがどこにあるかを捉え、そこから「働き方改革」の成否を左右する課題の焦点を見極めてみたい。

 第1回:「副業・兼業」に秘められた人事戦略のカギ

 第2回: 裁量労働制を巡る真の課題と可能性

 第3回: 過重労働規制の裏側にある示唆<

 第4回: 解雇規制緩和論の脆弱性を克服するカギ

 第5回: プロジェクト思考で進める間接部門の「働き方改革」

 第5回: あらためて浮上する人材育成の価値

さらには、こうした課題を企業戦略に即して検討する中から、わが国の労働市場改革が力強く進展する可能性を追求していきたい。

1回目のテーマに挙げた「副業・兼業」は、いまだ広がりの小さい施策ではあるが、その浸透により一企業という"閉じられた世界"にいた人材が"外界"へと漕ぎ出すことになる。同時に企業側では、外へ出た人材を通じて得られた"外界"の知見を自社ビジネスに生かす戦略の構想が可能となる。その意味で、一種鎖国的ですらあるわが国労働市場改革を企業経営上のメリットとして捉え直すための格好の検討課題であろう。

1.急を告げる「副業・兼業」をめぐる動き

「副業・兼業」の推進に着手している企業はまだ少数だが、その取り組みに向けて検討すべき課題は、「働き方改革」の幅広い領域に及ぶものと考える。雇用流動化の推進力としても有力である一方、企業の人材マネジメントにおいても、社員の多様なキャリア指向や職務モチベーションを受け止める方策となる可能性がある。一見、単なる雇用契約問題に見えて、決してそうではない。

その「副業・兼業」について、これまで慎重姿勢だった経団連が推進の方針に転じたと報じられたのは、つい先日、昨年12月のことである(17年12月18日付け産経新聞ほか)

相前後して昨年10月には、ソフトバンクが就業規則を改定し社員の副業を認めることとした旨が、同じく産経新聞に報じられている(同10月12日付け)。しかも、その狙いは、「社外活動を通じて新しいアイデアやノウハウを得て、本業の活性化につなげる」とのことで、極めて意欲的な方針として打ち出されている。

このように「副業・兼業」が注目を集めることとなった背景の一つには、安倍内閣が昨年3月に決定した「働き方改革実行計画」で、副業・兼業の普及促進が明確に打ち出されたことがある。これを受けて設置された厚労省の「柔軟な働き方に関する検討会」は、テレワークの推進とともに「副業・兼業」の"解禁"に向けた検討結果をまとめた報告書を昨年末に公表。去る1月末には、同報告書に盛り込まれた「副業・兼業の推進に関するガイドライン」と、副業・兼業を原則として認める内容に改めた「モデル就業規則」が併せて公表された。

こうした動きに後押しされて、2018年は、「副業・兼業」が一気に広がる年となる気配だ。

2.「副業・兼業」をめぐる課題とは?

今般の「副業・兼業」をめぐる課題とは、企業の正社員が1社のみならず複数の企業で就労することに関わる課題である。

例えば、アルバイト等の有期契約労働者が、複数社の仕事に従事するのはこれまでもごく一般的だった。また、いわゆるフリーランスとして、企業と雇用契約ではなく請負契約を結んで仕事をする人々においても、事情は同じだ。

要は、正社員だけが、就業規則による期間の定めのない労働契約と引き換えに、1社専任で就労するのが常識となってきた。それのみならず、他社での就労は就業規則で原則禁止され、懲戒処分対象とされているケースも多い。そうした事情から、急に「副業・兼業」推進といわれても、現場での障害は少なくない。

まず、雇用契約や就労管理に関わる基本的なルールの整備が不十分である。例えば、今般問題になることの多い残業の「上限管理」を誰が行うのか。1日や週の法定労働時間を超えて就労させる事業所が行うのが原則ではあるが、実務上厳格に徹底には難易度が高い。また、時間外割増賃金の負担関係に関しても、労働時間管理の難しさ同様の事情がある。

さらには労働保険、とりわけ労災保険の取り扱いに関しては問題が大きい。労災の発生処理については問題ないとしても、労災給付額の算定基礎には、金額の多少によらず、災害が発生した就業先の賃金分しか反映されないのが現状である。

以上の点については、前掲の「柔軟な働き方に関する検討会」でも議論に上っており、報告書では労災給付に関して、勤務先と副業・兼業先の賃金を合算して補償できるよう検討すべきと指摘している。これに対して、労働時間管理については、残業代の支払いのみならず健康管理上の問題にも関わるため、法制度整備の必要性と併せて、労働者側の自己管理の重要性にも言及している点が注目される。

3.推進の障害としての企業内労働市場

このように、法令やルールは整備が進めばよいとしても、問題はその運用の困難性にある。なぜ困難かといえば、わが国企業の恐らく大半は、社員の個別具体的な就労情報を他社とタイムリーに共有するような習慣も情報ルートも持ち合わせていないからだ。

こうした情報共有の仕組みが今日まで発達してこなかった理由として、その必要性が社会的に強く認識される機会が少なかったこと、さらにその背景として、日本独特の雇用慣行の下で発達してきた「企業内労働市場」の閉鎖性が挙げられよう。

新卒一括採用を起点とする長期継続雇用慣行は、いまだ大企業を中心に健在である。そこから派生する年功序列処遇も、ここ20年ほどの間に成果主義人事導入をはじめさまざまな修正の試みがなされたとはいえ、企業の規模に関わりなく実質的に存続している。こうした長年の慣行の下で、初任給から退職金までを含めた終身包括的な処遇システムが形づくられ、それらを前提とした育成・ローテーションと福利施策が確立されてきたことが、いわゆる「就社」型構造の定着を促した要因といえよう。

日本型雇用全盛と見られた時代と比べれば、労働者の転職は一般化しているものの、雇用の流動性がなお低い現状の背景には、キャリア中途で他社へ移る場合の、処遇や仕事の変化の予見性が低いこと、取りも直さず企業内労働市場の「壁」により労務情報の共有が妨げられてきた問題が挙げられる。こうした外部労働市場に対する閉鎖性が、労働契約における労働者自身の交渉力を殺いでいた一面も否定できない。

諸外国との比較で見れば、産業別労働組合が主流である欧米では、労働協約を通じて企業横断的な処遇決定に労組が関与する部分もあり、国や産業によっては残業に従事する労働者の指名にまで関わるなど、個別企業の労務管理機能の一部を担う例も見られる。これに対して、企業別労働組合が主流であるわが国では、産業別組織やナショナルセンターを背景とした春闘交渉のスタイルが定着している一方、個別企業においては経営に対する独立性が弱く、むしろ企業内労働市場の固定化を助長してきた面もある。

このように、日本型雇用慣行がわが国経済成長と企業経営安定化に果たしてきた積極性を認めるとしても、既に現在では雇用流動化をはじめとする労働市場改革の「障害」にさえなっていることを示しているといえよう。

4.「副業・兼業」が破壊する企業内労働市場

その点、今般一部企業で導入が進む「副業・兼業」は、日本の企業内労働市場を前向きに破壊し、その先に企業横断的な人々の新しい関係性を創り出す可能性すら秘めている。前述のように、「副業・兼業」の円滑な運用のためには、企業間での労務情報、社員情報の共有化と、それを容易にする社会的な仕組みの構築が欠かせないからだ。経団連が前向きの方針を打ち出したからには、その模索が今後急速に進むものと想定される。

そこで、最後の大きな「障害」は、個別企業側が、余計な手間を掛けてまで「副業・兼業」を推進するメリットがどこにあるのかということであろう。

一時期の成果主義浸透とも相まって、現代企業では事業組織の業績責任が一層強化されている。そのため、事業部間での利害対立が生まれる傾向も顕著であろう。社内で露骨に受注を奪い合うまでの事象はまれとしても、人事異動等内部管理上の対立は決して珍しいことではない。グローバル化に耐え得る企業競争力向上を目指したはずの成果主義人事は、図らずもその「副産物」として、日本型雇用を強化している面があるのだから、歴史とは実に皮肉である。

これに対して、企業間での人材流動化が進めば、もはや社内事業部門間の利害対立などしている場合ではなくなる。では、そもそも社内ですら利害対立を意識する偏狭な思考と、社外も含めた人材流動をも許容する経営マインドとでは、根本的に何が異なるのだろうか。

5.人材流動化を活かす経営へ

筆者が以前コンサルティングに携わっていた業界トップのチェーンストア運営企業では、マネージャークラスも含めた柔軟な人事異動が活発に行われていた。一方で、業界のリーディングカンパニーらしく、現場店舗運営部門の業績管理体制は厳しいものだった。

その組織形態は、多くのチェーンストア企業と同様にエリア別組織で編成され、おおむね10程度の店舗を束ねるエリア組織の責任者にはSV(スーパーバイザー)が配置されていた。SVのミッションはもちろん担当エリア店舗の業績向上だが、それと同じくらい重要なのが、エリア内店舗責任者、店長の指導育成である。したがって、優秀なSVは、配下店長の指導を熱心に手厚く進めていた。

チャーンストア戦略にマッチした人事制度刷新を請け負った弊社では、現場組織の実情把握のためSV層へのインタビューも行ったのだが、その際、配下店長の人事異動についても見解を求めてみた。「優秀な店長は、より大きな店舗へ異動になることが多いが、それについてSVとしてどう思うか?」と。

まだ30歳前後だったある若手SVの、その問いに対する回答は意外にも明確だった。「優秀な部下(店長)の異動は残念な面もあるが、自分としては立派に育った部下がより大きなステージで活躍できるのは、喜び以外の何ものでもない」と。

筆者はそこではっと気づかされることがあった。もちろん、彼が自分の部下の異動(栄転)を前向きに受け止める気持ちを持っているのは理解できたのだが、この言葉の意味はそれ以上の深さを持っていることに。

彼が誇りに思っているものは、単に個々の部下が優秀であり、ふさわしい活躍の場を得られることだけではない。そうした優秀な人材が次々に育つ組織力が自分の担当チーム(エリア)に存在していることなのだろう、と。つまり、その組織力があれば、優秀人材が異動しても、また次の人材が育つ。もし反対に組織力が脆弱なら、たまたま優秀人材を自組織に引き留めたところで、担当エリアでは新たな人材が育たず、その業績は中期的に低落せざるを得ない。

今般の「副業・兼業」をめぐる課題に関して企業経営者が持つべきマインドも、この若手スーパーバイザーの思考の延長上にあるのではないだろうか。

日本型雇用慣行の下での人材管理の発想からは、人材を自社だけに引き留め、徐々に高い活躍のステージを与え、それを通じて成長を促すのが自明である。その先に処遇の引き上げ、ひいては社員側のキャリア指向や自己実現欲求充足との整合性も意識されている。その発想の根底には、「社員のことは、(新卒以来一貫して育てている)わが社が一番理解している」との認識がある。とはいえ、それは事実とは異なり、現実には広範な「社内失業者層」が存在し、反対に配置された職務・役割との人材スペックとのミスマッチが広がっている。

成長を指向する経営では、「社員のことをより深く理解」し、その理解を足掛かりにして「より高く育て飛躍させる」人材戦略が求められる。その戦略の手段として、企業横断的な活躍のステージを社員に供給する「副業・兼業」の試みの価値が、現在急速に高まっているといえるだろう。単純にリテンション(=自社への人材の引き留め・定着化)を指向するだけでなく、リリース(=人材の社外活用)を含めた人材マネジメントの中に、より強力なリテンションの可能性が秘められているのである。

田添忠彦 たぞえ ただひこ
ソフィアコンサルティング株式会社 代表取締役社長
立命館大学文学部卒業。電子部品メーカー人事部、国内コンサルティング2社の取締役、パートナーを経て、2007年2月から現職。上場・中堅企業への人事労務・人材育成戦略に関わるコンサルティング実績多数。診断・戦略立案から制度運用、教育、組織改革までを一貫サポートし、戦略を重視しつつも、個別企業の実情と実務に密着した対話型コンサルティングを進める。企業、教育機関、労組連合、公共機関等での講演や、著作・専門誌での執筆実績多数。
HP:http://www.philosophia.co.jp
mail:tazoe@philosophia.co.jp

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