Point of view [2018.01.12]

第102回 加藤秀一

あらためて振り返る LGBTの基礎知識

加藤秀一 かとう しゅういち
明治学院大学社会学部 教授

1963年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。専門はジェンダー/セクシュアリティ、フェミニズム、生命倫理学。性差別・性役割の現状分析、性の商品化、身体論、フェミニズムの状況・運動論などについて研究を行っている。
著書に『はじめてのジェンダー論』(有斐閣)、『〈個〉からはじめる生命論』(NHK出版)、『〈恋愛結婚〉は何をもたらしたか ─性道徳と優生思想の百年間』(筑摩書房)などがある。

「LGBTの人」は存在しない

近年、日本でも、LGBTに関する人事施策を推進する企業が増加しつつあるという。しかし他方、基礎的な概念の理解を欠いたまま、「LGBTバブル」とも揶揄(やゆ)される時流に乗って表面的に「LGBTフレンドリー」をアピールしているだけではないかと思われるケースもある。それを象徴するのが「LGBTの人」という言い回しである。もちろん、そんな「人」は存在しない。事柄の複雑さを分かった上であえて簡略化のために使うならともかく、実際にはLとGとBとTそれぞれの区別がついているのかさえ怪しいことも少なくない。

例えば――社員向けではではなく、顧客向けの施策ではあるが――昨年、某量販店が「ALL GENDER」の案内板を掲げたトイレを設置したところ、あるマスコミはそれを「某社がLGBT用トイレ」という見出しの下に報じた。しかし、これは主にT(トランスジェンダー)をターゲットにしていたはずで、基本的にL・G・B用に特別なトイレは必要ない。もっとも、量販店側のプレスリリースにも「性的指向や性自認のいかんにかかわらず」という文言があったというから、両社ともに図らずも、このテーマに関する無知を露呈してしまったわけである。

このように曖昧な認識に基づいたままでは、LGBTに関する人事施策が当事者たちの地位や働きやすさの向上に結びつくことは望みにくい。そこで今回は、あらゆる施策の前提として理解しておかれるべき、ごく基礎的な事柄について解説したい。

LGBTとは何か

LGBTとは、何らかの意味で典型的な女性像・男性像から逸脱した在り方を指す「性的マイノリティ」のうち、代表的な四つのタイプの頭文字を合わせた略号である。それぞれの意味を説明する前に、あらかじめ「性自認」(ジェンダー・アイデンティティ)と「性的指向」(セクシュアル・オリエンテーション)という二つの概念を理解しておいていただきたい(両者を併せてSOGI[Sexual Orientation & Gender Identity]と呼ぶ)。ごく大まかに定義すれば、性自認とは「当人が女と男のどちらでありたいか」を表し、性的指向とは「同性と異性のどちらに性欲を感じるか」を表す。日本語ではどちらも「性」という同じ語になってしまうので区別しにくいが、ジェンダーとセクシュアリティは別の問題なのである。

L(レズビアン)、G(ゲイ)、B(バイセクシュアル)は性的指向の分類で、それぞれ女性同性愛者、男性同性愛者、両性愛者を表し、ヘテロセクシュアル(異性愛者)と対比される。これらに対してT(トランスジェンダー)とは、性自認と肉体上の性別が不一致で、当人が違和感(性別違和)を抱いている状態を指し、性的指向は問題にならない(対概念はシスジェンダー)。トランスジェンダーの中には精神医学的に「性同一性障害」と診断され、ホルモン治療や外科手術(性別変更手術)によって肉体の形状を性自認に一致させる人もいるが、全体から見ればごく一部である。手術をしている・いないにかかわらず、性自認に一致した性別の持ち主として周囲から認識されることを「パス(パッシング)する」といい、そうではなくトランスジェンダーであることをあらわにして生活する人を「ノンパス」という。

ただし、性的マイノリティの多様な在り方はLGBTという四つのタイプに尽きるものではない。近年では、I(インターセックス/性分化疾患:典型的な女性型・男性型から先天的に逸脱した身体的特徴をもつ人)やQ(クィアまたはクエスチョニング:性自認や性的指向にとらわれない在り方)を加えて、LGBTIQといった表記が使われる機会も増えてきた。しかし大切なのは、むやみに分類名を増やすことではなく、「性自認や性的指向は一人ひとり違う」という現実を認識することである。

ニーズの多様性と共通する差別

このように当事者たちが直面している問題は多様であり、企業の側にはその多様性に応じた配慮が求められる。制度的な面については、例えばトランスジェンダーやXジェンダー(明確な性自認を持たない人)の人々にとっては、トイレ、更衣室、制服など、性別によるあらゆる区分が職場での障碍(しょうがい)となり得る。また、多くの企業において、ゲイやレズビアンが生活を共にする同性パートナーを持つ場合には、男女の夫婦とは違って社宅などの福利厚生の対象とならない(現時点で日本はG7で実質的に唯一の同性婚を認めていない国である)。ただし、こうした課題は企業ごとの努力によってある程度は解決可能である。トイレ等の問題は関係者同士がよく話し合って運用方法を決めればよいし、同性カップルについては少なくとも男女の事実婚と同等の配慮を行うことができる。

むしろ、より厄介なのは、より日常的な偏見や差別であろう。それは多くの企業に共通するだけでなく、そもそも日本社会全体に蔓延(まんえん)する問題であるからだ。他人を「オカマ」という侮蔑表現でからかい、「ホモ疑惑」のネタとしてあざわらう、そうした深刻な差別行為が平然とまかり通るような職場では、当事者たちが安心してカミングアウトし、制度的な対応を求めることすらできない。それ以前に、当事者たちが安心して働き、能力を発揮することも難しい(このことに気づきもせず、「わが社にはLGBTはいない」と思い込んでいる経営者や管理職は少なくないだろう)。

真の多様性(ダイバーシティ)に向けて

このような職場環境を変えていくためには、ステレオタイプな男らしさ・女らしさや固定的な性別役割にとらわれない方向への意識啓発と制度・慣行の具体的な改善が必要である。この観点から見れば、LGBTに関する人事施策は、女性差別の解消や男女双方のワーク・ライフ・バランスの実現といった課題と共通の根でつながっている。一方でトランスジェンダー用のトイレのような目に見えやすい施策を行ったとしても、他方ではマタニティ・ハラスメントや、育休を取得した男性の人事考課を下げるような差別をそのままにしているならば、ダイバーシティを真に尊重しているとはいえない。さらに視野を広げれば、数年前に話題になった某大手企業の倫理規程に記されている「国籍、人種、民族、性別、年齢、宗教、信条、社会的身分、性的指向、性同一性、障がいの有無等を理由とする、一切の差別やハラスメント(いやがらせ)を行わない」という理念が各企業で文字通りに実現されるときにこそ、初めてLGBT施策もホンモノになるだろう。

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