変化創出系ミドル「課長 夏川あい」の育て方 [2017.08.28]

第6回 職場改革をリードする(夏川あいの後日談)

~STAGE-5 組織的な変化創出力の形成期~


PMIコンサルティング 株式会社
マネジャー 石丸 晋平

【今回のあらすじ】

 2017年8月、夏川あいは、結婚と出産というライフステージの変化に直面し、今後の働き方を悩んでいた。そんな中で、ABC食品の冬海社長から同じ悩みを持つ仲間の模範となり、生活と仕事を両立できる職場改革を依頼される。まったく新しい環境で権限委譲された夏川は、これまでの職務経験からの学びを活かし、組織的な変化を創出していく。

■ライフステージの変化、新たなミッションを授かる

「夏川さんが考える今後の働き方を素直に教えてほしい」
 冬海社長は、リラックスした表情で穏やかに問い掛けた。夏川は、ABC食品のトップである冬海社長と春木マーケティング本部長を前に、少し緊張している様子だ。」
 2017年8月、デジタル・マーケティング推進室を部格組織に格上げし、夏川を部長昇格とする人事が取締役会にかけられようとしたころ、夏川はライフステージの大きな変化に直面していた。夏川は、子供を授かり、結婚することを上司の春木に報告した。夏川の昇格人事はいったん保留となり、冬海社長含む3者面談を実施することになった。

 夏川は、従来どおりの働き方を継続することに不安を感じている、と正直に伝えた。居住エリアは待機児童問題が深刻で、保育所が見つからない場合は、育児休業期間を延長せざるを得ない。職場から距離を置く期間が長くなれば、会社へのコミットメントも限定的になる。今後の働き方は、「状況に応じてできる範囲」としか言いようがなかった。冬海は、夏川の考えを穏やかな表情で傾聴し、ゆっくりと話し始めた。
 冬海の問題意識は、夏川と同様の悩みを抱える社員が増えており、離職や限定的な働き方を選択するケースが増加していることだった。社員の生活に変化があることは当たり前である。どんな状況であっても、社員がやりがいを感じ、ベストパフォーマンスを発揮できる状況を創りたい、というのが冬海の考えだった。

「まず、夏川さんが生活の充実と仕事の成果を両立できる状況を実現してくれないか」
 冬海の期待は、ダイナミックな変化を創出することだった。夏川は、翌月から産休までの半年間、社長直轄で職場改革のミッションを担うことになった。また、デジタル・マーケティング推進室は、夏川のリーダーシップにより、後進が育ってきており、組織化されさたプログラマーやデザイナーのネットワークは新たな価値を生み出す原動力になっていた。春木が部長を兼任することで推進室を部格組織に格上げすることが決定した。

■新たな環境と権限委譲、多様な課題を形成する

「未来電鉄の保育所付きシェアオフィスを活用できないか」
 冬海は、自らの人脈や情報を夏川に提供し、権限委譲に徹した。未来電鉄は、乗車率ピークの緩和と多様な暮らし方・働き方を提案する一環として、沿線でのシェアオフィス事業を展開していた。沿線エリアには共働き世帯が多いこともあり、育児と仕事の両立を支援する保育所付きの大規模シェアオフィスを開発したのだが、企業誘致がうまくいかず、利用者数は伸び悩んでいた。

 夏川は、未来電鉄のシェアオフィスを徹底的に利用し、生活と仕事の両立を目指すこととした。夏川が最初に形成した課題は、企業間の柔軟な提携関係を実現することだった。夏川は、仕事の境界線をつくれば、仕事の付加価値は低下し、成果を上げにくくなることを経験的に学んでいた。限られた時間で、大きな成果を上げるためには、組織や業務の垣根を越える環境づくりが重要と考えた。そこで「育児」を起点に複数企業の人材がオフィスを共有することで、企業の垣根を越えたコミュニケーションを促し、創造的な協業を生み出す場づくりを課題とした。
 夏川は、手始めに「小売業から消費者情報を取り戻す」というデジタル・マーケティング部の戦略課題の達成をもくろんだ。現状の消費者データは、小売業が占有しており、メーカーは小売業からデータを購入し、分析結果を小売業に提供していた。しかし、多大な労働時間を費やすものの、業績への貢献は限定的であった。また、分析対象のPOSデータは購買結果という一面的なデータであり、購買結果に至る消費者の行動は分からなかった。夏川は、高度な消費者情報の収集と分析をメーカー主導で実現できる方法を模索していた。
 夏川は、有力な技術を有するベンチャー企業をシェアオフィスのユーザーとして誘致できれば、さまざまな企業誘致の呼び水になると考え、未来電鉄からベンチャー企業を優遇する措置を取り付けた。戦略課題に関連するベンチャー企業に割安なオフィス移転を持ちかけ、直接的な交渉も行った。同時に、ABC食品のデジタル・マーケティング部もシェアオフィスへの移転準備を進めた。
 夏川は、ベンチャー各社との協業から動画解析による消費者分析ソリューションを安価に開発し、ビジネスモデルを構築した。客層別の店内導線、売り場別の滞在時間、購買決定の要因分析など、高度な消費者分析を実現した。その後、産休・育休を経て、ソリューションの提供を開始した際には、消費者分析を高度化したい数多くの小売業から引き合いがあった。夏川は、消費者に関する情報の優位性を小売業から取り戻し、小売業とのパートナーシップを形成する布石とした。夏川は、新たな環境での働き方に苦労しつつ、自らの生活の充実と仕事の成果を両立できる状況を実現していった。

■自らの問題意識に基づき、組織的な変化を創出する

「次は、同じ悩みを抱える多くの社員に、生活と仕事を両立できる状況を提供してほしい」
 夏川は、復職後も社長直轄の立場で職場改革を継続した。冬海からのさらなる期待を受け、ABC食品の社員にシェアオフィス利用を促し始めた。在宅勤務の社員や、保育所が見つからず育児休業が長期化している社員に声を掛け、その結果、12名の利用者が集まった。12名のリモートワーカーは、みな仕事に高い意欲を示していたものの、大半がリモートワークによる職場貢献を限定的に捉えていた。実際、上司から指示されていた仕事は雑用ばかりであった。

 夏川は、リモートワーカーが職場から頼られ、やりがいのある仕事を担うためには、高度で汎用的なスキルの習得が必要と考えた。そのために、社内向けクラウドソーシング・サービスの立ち上げという新たな課題に取り組むこととした。社内の各職場から一元的に仕事を請け負い、リモートワーカーのスキルに応じて仕事を振り分け、組織的に職場貢献を実現するサービスだ。
 夏川は、各職場の現状を定量的・定性的に情報収集し、データベース化することで、効果的な職場支援のニーズを整理した。さらに、シェアオフィスの利用者以外に、自社の在宅勤務者のネットワークを構築し、組織化した。夏川は、各社員の制約やスキルに応じた仕事を配分し、成長課題を克服できる状況をつくることで、職場貢献とリモートワーカーのスキルアップを促した。社内向けクラウドソーシング・サービスは評判を呼び、さまざまな職場から多様な依頼を受けるサービスに成長していった。そして、生活の変化に伴い仕事に不安を抱える多くの社員の受け皿としての機能を果たしていった。

 一方で、夏川は、リモートワークを行う人材の多くが、視野が狭く、発想が固定的であることが気になっていた。時間の制約がある中で、成果を高めるために、既存の仕事を効率的に遂行するという発想しかなく、新たなやり方を考え、根本的に仕事を見直す発想は皆無だった。なぜ、既存のやり方にこだわるかといえば、一つの職場環境での一つの仕事の進め方しか知らないからであった。このままでは、既存業務の付加価値が低下した場合、多くの人材が大量の仕事に追われ、逼迫(ひっぱく)してしまう。夏川は、社員一人ひとりが自ら考え方を改めるよう促す必要性を強く感じていた。
 夏川は、組織的な意図と個人の意思に基づくローテーションを機能させるという課題を形成した。一部の優秀層のみをキャリア・ローテーションの対象とする従来の仕組みでは、多くの人材が変化に対応できず、仕事へのやりがいを失ってしまうと考えた。
 夏川は、「どんな状況であっても、社員がやりがいを感じ、ベストパフォーマンスを発揮できる状況」を仕組みにより実現したいと考えた。各部門責任者と共に、段階的な職務遂行課題と社員の成長課題を詳細に定義していき、課題設定のひな型を作成した。ひな形に基づき上司と部下は、職場で達成していく課題を設定し、全社に公開した。課題を達成すれば、次なる課題を求めて異動先をオファーできる仕組みとした。人材がよどみなく流動する状況をつくり、常に新たな環境で、新たな課題に取り組ませることで、社員全体へ視野の拡大と柔軟な発想を促した。新たなローテーションが安定的に機能するころには、環境変化や制約事項をものともせず、成果に集中する企業文化が形成されていった。
 その後、夏川は部長に昇格し、近畿第一支店の支店長として新たな職務と後進の育成に取り組んでいくことになる。夏川は、圧倒的な上位者として部下の変化創出力を育んでいく。

「組織的な変化創出力の形成期」の育成施策を考える

 多様な課題を形成し、組織的な変化創出力を形成する上で有効な方法は、まったく新しい環境へのタフアサインと権限委譲に尽きる。また、それを受け止めて実際に成果を上げるためには、その人材が多様な職務経験を積み重ね、変化を創出するための素地を身に付けていることが条件となる。ロールモデルとして示した夏川のように、社員自身の能力発揮と上司のコメットメントによって多彩な職務経験が実現するケースはある意味奇跡的といえるかもしれない。それでも、職務経験を意図的にデザインすることが今日必要となっていることはこれまで繰り返してきたとおりだ。
 実際のところ、企業の現場で、ミドルマネジメント層の変化を創出する力はどの程度育まれているのだろうか。私たちが実施してきた変化創出力のアセスメントで、対象としたミドルマネジメント層の人材は2000人以上に上るが、その中で変化創出型の課題形成を行える人材は、全体の5%未満にすぎなかった。それどころか約8割の人材は、経営環境の変化をまともに捉えてさえいない状況だ。
 このような状況に対し、部長昇格前後から変化創出の発想や思考を学び始める企業も見受けられるが、夏川の職務経験の積み重ねを見て分かるように、短期間で習得できる能力ではない。むしろ、変化に疎いミドルマネジメントが、過去の働き方を押し付けて、部下の学びを阻害するリスクへの対策を講じることが重要である。

 「組織的な変化創出力の形成期」の育成施策を組み立てる場合には、タフアサインと権限委譲を行える人材を見極めることから始める必要がある。つまり、現在までに必要な職務経験を積み重ね、変化を創出する土台が出来上がっている人材をアセスメントにより選定することが先決だ。職務経験が積み上がっていない人材に対し、変化の創出を期待すべきではない。
 次に、ゼロから組織的な課題を形成させる機会を与え、通常業務では出会うことのない人脈とのコミュニケーションを促し、飛躍的な成果を実現する考え方を磨いていくことが重要だ。その上で、思い切った職務転換や事業分野を変更するなど、まったく新しい環境へのタフアサインと権限委譲により、変化創出力を形成していく[図表]

[図表]人材育成設計の具体例:STAGE-5 組織的な変化創出力の形成期

 さて、全5回にわたり夏川あいの職務経験の軌跡を追いかけてきた。第1回で触れたように、主人公である夏川の奇跡的な職務経験は、弊社が支援先企業で接した、実在する数名の方々の職務経験を下地として紹介したものである。彼女の成長ストーリーからあらためて学ぶべきことは、変化創出力を育むためには、時間をかけて段階的に課題を克服していく必要があるということだ。人材が各ステージの成長課題に直面してから簡易的な育成施策をパッチワークのように当て込むのではなく、あらかじめ成長ステージを定義し、ステージに応じた職務経験をデザインし、総合的に育成施策を講じていくことが重要である。
 次回は、偶発性の高い現状の職務経験をデザインすることで、計画的に変化創出力を備えた人材を育成する新たな人材育成の仕組みづくりについて考察し、本連載を総括したい。

[編注]本文ストーリー中に登場する企業名は、いずれも架空のものです。

<主人公のプロフィール>

氏  名: 夏川あい

生年月日: 1977年7月12日

学  歴: 早稲田大学 法学部卒

職  歴: 2000年4月 食品メーカーABC食品に入社

【連載全7回のテーマ(予定)】

[第1回] 序章 人材育成への問題提起

[第2回] 営業先で仕事の考え方が変わった日 STAGE-1 ビジネスOSの導入期

[第3回] 実務を通じて汎用能力の土台をつくる STAGE-2 多面的な思考力の形成期

[第4回] 再び営業現場で専門能力の柱をつくる STAGE-3 専門的な思考力の形成期

[第5回] 異動先で専門能力を拡張する STAGE-4 多角的な専門性の形成期

[第6回] 職場改革をリードする STAGE-5 夏川あいの後日談

[第7回] 終章 新たな人材育成の仕組みづくり

石丸 晋平 いしまる しんぺい
PMIコンサルティング株式会社 マネジャー
人事、組織、マーケティングなど、多岐にわたる分野で、多くの企業に対するコンサルテーションの実績を持つ。企業の競争力の源泉である「人」を徹底的に洞察するアプローチから、人材開発戦略の立案、次代のリーダー開発、営業組織改革、ダイバーシティ経営の支援など、人材開発を中核としたコンサルティングに従事している。
http://www.pmi-c.co.jp/

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