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Point of view [2017.06.09]

第88回 原 論

労働基準監督官はこれからどこを見るのか?

原 論 はら さとし
元労働基準監督官・社会保険労務士

1992年 千葉大学卒業後、労働基準監督官として労働省入省。神奈川、埼玉、東京、神奈川と首都圏の労働局・労働基準監督署に勤務し、2011年3月厚木労働基準監督署三方面主任を最後に辞職。2012年原 労務安全衛生管理コンサルタント事務所を開設。顧問先の安全衛生管理や労務管理のアドバイスを行う。
著書に『労基署は見ている。』(日本経済新聞出版社)がある。

これまでの労働基準行政をめぐる動き

私が労働基準監督官を辞職して、6年になる。ちょうど、東日本大震災が発生した直後で、行政も混乱の中であったが、当時は労働問題がここまで大きく取り上げられることはなく、法令違反の企業を送検した時に記事を記者クラブに投げ込んでも掲載されたりされなかったりと、さほどのニュースバリューはなかった。

おそらく、火が付き始めたのは居酒屋チェーン店での自殺問題がきっかけであろう。私が辞職してから1年後のことだった。女性新入社員が、連日の長時間労働で過労自殺し、労働局への審査請求で労災認定されたことに対して、会長がツイッターで労務管理の不備を否定するようなツイートを投稿し、すっかり炎上してしまった。

その後、新聞で連日の問題提起がなされて、36協定の締結の在り方から始まり、長時間労働に至る問題まで取り上げられ、『ブラック企業』という言葉が一般にも知られるようになった。

その会長が翌年の選挙で与党国会議員に当選した後、ブラック企業を支援するイメージを払しょくするため、大臣の指示の下、「若者の『使い捨て』が疑われる企業等」への監督指導というブラック企業対策が大々的に行われるようになった。

アベノミクスによる経済対策が行き詰まってきた際に打ち出された経済対策『「日本再興戦略」改訂2014』により、消費拡大のために、長時間労働の削減と過重労働対策が盛り込まれたことで、霞が関から官邸中心の政策に移行した。その流れで、東京と大阪の労働局に誕生した「過重労働撲滅特別対策班」(通称:かとく)が、著名な企業を労働基準法違反として強制捜査し送検するということが、社会に一定のインパクトを与えてきた。

そうした中、あの『電通』事件が発生したのである。

政府主導の労働基準行政に

電通の新入社員が長時間労働とハラスメントをきっかけに自殺した事件が労災認定され、ちょうど過労死白書の第1回目の発表の日と重ねて遺族の記者会見が行われた。

電通に対しては、「かとく」が中心となり臨検監督が行われ、そして11月の強制捜査、12月28日の送検、社長の辞任と続いた。厚生労働大臣だけでなく、官房長官まで記者会見し、社長の辞任で済まされる話ではないとまで明言し、その後いくつかの有名企業が送検されることになる。

電通の送検前には、国会において集中審議まで実施され、「過労死等ゼロ」緊急対策を出すという流れになった。

「働き方改革実現会議」では、同一労働同一賃金の話題中心だったところが、いつの間にか残業規制中心の話が進み、これまで特別条項により青天井であったところに一定の規制が引かれるという方向が決まった。そして「過労死等ゼロ」緊急対策の一環として、5月には2016年10月以降に労働基準法令違反で送検された企業のリストを厚労省ホームページに掲載。報道機関の中には、それに"官製ブラック企業リスト"とタイトルをつけたところまであった。

2017年度も、過重労働を中心に、各監督署では監督指導が実施されることになっている。

労働基準監督業務の民間開放

このような規制強化の流れの一方、岩盤規制の撤廃をうたって2015年の通常国会に提出され、現在まで継続審議が続いている労働基準法改正案には、高度プロフェッショナル制度の導入、企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制の緩和などが盛り込まれている。

今日の規制強化の流れからすれば明らかに矛盾する内容の緩和策とも見られるが、現時点では政府見解では矛盾しないということになっているため、次期国会での成立を目指して残業規制などと併せて法案が組まれるとのことである。

この規制緩和を主張してきた方が規制改革推進会議のメンバーになっており、そこから飛び出してきた話が労働基準行政の民間開放ということであった。現時点では、規制緩和ということが主張しにくい労働問題であったが、規制強化の必要な状況にもかかわらず、行くべき事業場に数が足りずに回れていないという話を持ってきた。

労働基準監督官の業務を絞って重点的に実施させ、一般的な労働時間の問題など定期監督業務については社会保険労務士など民間に委託してはどうかという形で、その業務の"切り崩し"を行いたい意向とも見られた。その後、全国社会保険労務士会連合会や厚生労働省へのヒアリングを踏まえた議論の結果、36協定を届け出ていない事業場への「自主点検表」の配布・回収と取りまとめ、指導が必要とみられ訪問が可能な事業場での労務関係書類等の確認と相談指導を社労士などの受託者が行い、必要な場合に監督官が臨検監督を実施するという方向で答申が行われている。

※参考:「労働基準監督業務の民間活用タスクフォース取りまとめ」

企業にとって規制緩和が望ましいことなのか

人事の担当者であれば、労働基準監督官を知らない方はほとんどいないと思うが、実際の活動状況を熟知している方はあまり多くないだろう。そうした方には、宣伝になってしまい恐縮だが、拙著の『労基署は見ている。』(日経プレミアシリーズ)を手に取ってみていただきたい。どんな監督官がいるのか、送検など活動はどう行っているのかなど、現場の実態を知ることができる。

筆者は現在、労務管理分野だけでなく一般の社労士が関与していない安全衛生分野などを中心に、顧問としていくつかの企業の活動をサポートしている。企業の顧問を引き受ける際にお話ししているのが、「厳しいことを言う場合もあるが、それを承知してもらえるか」ということである。これを承知してもらえない場合は仕事をお断りしている。

なぜ、契約に先だってこうした話をするかといえば、例えば経営者が心地よくなる話はいくらでもできる。ただし、問題が生じた場合には心地よい話で解決できるわけではない。経営の舵取りと同様に、労務管理でも安全衛生管理でもリスクマネジメントが重要となる。これまで『ブラック企業だ!』などと言われた企業の問題は、そのリスクを見誤ったことに原因がある。

経営者が「労働基準法を守ると会社がつぶれるわよ!」などと言って、ネットで炎上した有名エステもあったが、経営者に対してこの状況下でどう対処すべきか、厳しい進言を行う士業はいなかったのだろう。すでにユニオンが介入している状況下で、「会社は悪くない」などと言っても、果たして会社のためになるのか。経営者個人にとっては厳しく不愉快なことであっても、結果的にリスクを洗い出してそれを取り除く、もしくは低減することは避けて通れない。それを嫌がることで、結局リスクを放置して、企業を崩壊へと導くことだってある。

労働基準監督署の指導というものは、会社への嫌がらせではない。

労務管理においてこれまで見つけることができなかったリスク、放置していたリスクを、トラブルが発生する前に事前に指摘を受けて改善できる機会が得られたということにもなる。

監督官は何を見る?

労働基準監督官は、ランダムにやってきてやみくもに法令違反を指摘している訳ではない。基本的には、すべて計画により定められている。

もちろん、事故が起きた時や労働者から違反の申し立てがあった場合については、あらかじめ想定されていることではないが、それでも例年の件数に基づいて、数字だけは計画に計上されている。

それでは、どんな会社にやってきて、どんな部分を見るのか。

その計画は前年度の3月末までに、上部の労働局の承認も受けて各労働基準監督署で訪問する候補リストとともに準備されている。限られた監督官の数で、いかに効率よく問題のありそうな企業を見ていくのか、これが計画のポイントとなる。

当然、このリストを含めた計画は公表されていないし、情報開示請求を行っても明らかにされることはないので知り得ることはできないのだが、監督指導の方向性については理解することが可能だ。

それは、毎年各労働局が公表する「行政運営方針」を確認することで、その年度の労働基準監督署が着目している部分が理解できる。そして、今年の主眼はやはり過重労働対策である。

結局のところ、労働時間管理と健康管理が主眼となるため、今年1月に、それまでの基準から変更された『労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン』がポイントになるであろう。このガイドラインを知らないままで労務管理は行えない。

新しいガイドラインでは、以前は触れられていなかった「労働者ごとに、労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数といった事項を適正に記入しなければならない」という文言が組み込まれ、故意に虚偽の労働時間数を記入した場合は、労基法120条に基づいて30万円以下の罰金に処されることが明記された。

これは、電通事件を受けてのことであるが、時間の管理を行わなかったり、虚偽の時間管理に対しては、労働基準行政としては刑事事件として臨むという決意表明のようなものである。

実際の臨検監督は、総合監督という建前であるため、すべての労働基準関係法令を確認することになっているのだが、少なくともこれらの労働時間管理の確認と、長時間労働者への医師への面談制度に関しては、必ずチェックされることになるであろう。

36協定を届け出ていなかったり、今後の時間制限の目安となる60時間を超えて働くことができる制度になっている企業については、臨検監督を行う可能性が高いと言っていいだろう。

また、ストレスチェックの報告を怠っていたり、就業規則の変更手続きを長年行っていないところ、過去に長時間労働の指摘を受けたところなどは、近いうちに臨検監督の対象となり得ることも押さえておきたい。

監督官は当事者ではない

労働契約というもの、主役は経営者と労働者である。労働基準監督官は、あくまでその"ダブル主役"がうまく回るか、それを見守る役回りである。経営者が監督官にいくら隠しても、当事者であるもう一人は事実を知っている。トラブルはそこから生まれてくるのである。

小手先だけの証拠隠しで問題が解決できるわけではない。子どもが悪いテストの答案を隠して、結局その結果を知られてしまうのと同じことでしかない。それよりも、早く誠実に問題を解決する意思を示せば、相手方は納得するであろう。

ただ、監督官が行うことには、是正勧告と送検という部分がある。

違反の指摘を受けて、過去にさかのぼって是正の指示を受けると、最近、音楽業界大手企業の事案が報道されていたように、数億円分の未払い残業代を支払うなどの問題も生じるし、重大な違反には即時送検処分を受けることだってあるのだ。

これを考えると、監督官に指摘を受けて良かったということではなく、監督官から指摘を受ける前に、優秀な企業参謀に助言をもらって改善するほうがより良いことだろうと思う。

みすみすブラック企業扱いされる必要はないのである。

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