企業ZOOM IN⇔OUT [2017.03.10]

パタゴニア日本支社

「ミッション・ステートメント」に共感する社員が、「コアバリュー」に基づく誠実なコミュニケーションを基盤に、自由で柔軟な働き方を実現

先進的な取り組みをしている企業の現場をレポート

[企業ZOOM]INOUT

会社概要:「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」をミッション・ステートメントに掲げ、高品質で環境に配慮したアウトドア製品製造・販売等を行う。

所在地:神奈川県横浜市戸塚区川上町91―1 BELISTA タワー東戸塚5階
社員数:550人(2016年3月31日現在)
http://www.patagonia.jp/

取材対応者
ヒューマンリソース・ディレクター 鳥居恒孝氏
ヒューマンリソース・アシスタント・マネージャー 齋藤布実氏
ヒューマンリソース 小西夕佳氏
取材・文/滝田誠一郎(ジャーナリスト)

『社員をサーフィンに行かせよう』を実践。アウトドアに限らず育児や介護でも、社員本人の裁量で仕事を離れることが可能

 『社員をサーフィンに行かせよう』。これは、パタゴニアの創業者であるイヴォン・シュイナードが2005年に出版した『let my people go surfing』の日本語版(東洋経済新報社刊)の序文に書かれている文章である。"永続する企業の経営哲学"について書かれた同書はビジネス書として評価が高く、出版から10年以上たった現在も世界各国で愛読されている。そのため、「パタゴニア=社員が好きな時にサーフィンに行ける会社」というイメージが広く定着している。
 パタゴニアは、著名な登山家であるイヴォン・シュイナードが1973年にアメリカで設立したアウトドア(登山、スキー、スノーボード、サーフィン、フライフィッシング、トレイルランニング等々)用衣料品の製造販売会社だ。日本支社の設立は1988年で、北海道から九州まで22店舗を展開しており、従業員数は550人を数える。もちろん日本支社においても、『社員をサーフィンに行かせよう』という創業者の精神はしっかりと根付いている。
「以前は登山関係に熱中している社員が多かったのですが、『社員をサーフィンに行かせよう』が出版されてからは、サーファーも増えました。今は社員の3分の2くらい、少なく見積もっても3分の1くらいがサーファーという感じです」(松原氏)
「『明日あたりいい波が期待できそうだ』となると、サーフィンに行きたくてそわそわしている社員がたくさんいます(笑)。予想どおり波の状態がよいと『サーフィンしてきます!』と言って、海へ出掛けてしまう社員が少なからずいます。それが当たり前のことになっているので、周りの社員たちは『行ってらっしゃい』とか『楽しんできてね』と言って送り出しています」(齋藤氏)
 『社員をサーフィンに行かせよう』の序文にもあるとおり、サーフィンに限らず、登山やフライフィッシング、自転車、ランニング等々、ほかのどんなスポーツであれ、社員各人が「明日行きたい」「今日やりたい」と思えば、周囲に迷惑をかけず、また自分の責任をしっかり果たしていれば基本的には本人の裁量で海や山、川へ行くことができる。
 また、これはアウトドアスポーツに限った話ではなく、育児や介護であっても同様である。「母親の病院に付き添うので午前中休みます」「子供の授業参観があるので午後から2時間抜けます」等々の理由であっても、上司の了承を得れば、半休を取ったり職場を離れたりすることができる。
 このようにうらやましいくらい自由で柔軟な働き方を実現している同社だが、意外なことに特別な制度によって裏付けられたものではない。制度として決まっているのは、所定労働時間に満たなかった時に給与が差し引かれる点のみである。すなわち、サーフィンであれ、子供の授業参観であれ、仕事を抜けた分の時間は、どこかで埋め合わせをする。例えば、サーフィンをするために2時間仕事を抜けたのならば、翌日2時間残業をする、あるいは事前に2時間残業をしておくといった具合だ。こうした埋め合わせができなければ、所定労働時間より不足している時間分の給与が引かれることになる。
 では、自由で柔軟な働き方は何によって担保されているのか。それは創業者の理念そのものである同社の「ミッション・ステートメント」(経営理念)であり、社員に徹底されている四つの「コアバリュー」である。

採用時には、ミッション・ステートメントに共感できる"仲間"になれるかを重視。行動指針として四つの「コアバリュー」を定義

 同社のミッション・ステートメントは、「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」である。企業のミッション・ステートメントというよりも、まるで環境問題に取り組む非営利団体のそれのようだ。しかし、そもそも同社が登山家である創業者や仲間たちのために登山用品を作る会社として出発したこと、自然を敬愛する"アルピニズム"にあふれた会社であることを考えれば、このミッション・ステートメントもうなずけるというものである。
「『ビジネスは手段であり、環境問題に警鐘を鳴らし、環境問題を解決することこそが最終ゴールだ』というのが、私たちの考え方です。ではそのゴールに近づくためにこの1年間どうすればいいのか、それを考えて戦略を立て、予算を組んだり、それぞれの職場で日々の業務にあたっています」(鳥居氏)
「このミッション・ステートメントが、パタゴニアのすべての基盤になっています。これを忠実に全うすること、これにそぐわないことは一切しないということを何よりも大切にしています。例えば、採用に関していえば、このミッション・ステートメントに共感できる人かどうかを判断基準にして選考しています。これに共感できない人では、当社でモチベーションを高く持って楽しく働くことは、おそらく難しいだろうと思います」(齋藤氏)
 ミッション・ステートメントに共感、共鳴した人が、ある種"仲間意識"をもって応募してくる。そういう人材を会社もまた"仲間"として迎え入れる。これがパタゴニアの一番の特徴であり、強みでもあり、仲間同士の信頼関係が自由で柔軟な働き方のベースにもなっている。
 こうして集まった社員たちの行動指針としては、四つのコアバリューを定めている。内容は[図表]のとおりである。

「Integrity」を基盤に、社員同士の誠実なコミュニケーションを通じて、自由で柔軟な働き方を担保

 四つのコアバリューの中で、"自由で柔軟な働き方"を直接的に担保しているのは、「Integrity/誠実さ」だ。「誠実さと尊敬の心を持って他者との関係を確立する」という価値観が社内に浸透しているからこそ、あえて制度を作らずとも自由で柔軟な働き方が可能になっているのである。
「会社発足当初はクライマーだったりサーファーだったり、アウトドアスポーツが大好きという同じ価値観を持った人ばかりが集まっていました。しかし、会社が大きくなるにつれて異なるバックグラウンドや価値観を持った人が入社してくるようになりました。多様な社員が一緒に働くためには、一人ひとりが誠実さと尊敬の心を持って互いに支え合うことがとても大切です。Integrity(誠実さ)がコアバリューの一つになっているのは、そういう理由からです」(松原氏)
「Integrityはコンピテンシーの中にも取り入れられていて、評価の対象にもなっています。だからというわけではありませんが、日常の業務の中で自分の言動が他の人にとって誠実なものであるかどうかを考える習慣がみな身についています」(齋藤氏)
 Integrityが自由で柔軟な働き方を担保しているといっても分かりづらいかもしれない。言い換えれば、職場の仲間に迷惑を掛けることがないように常日頃から自らの職分を誠実に果たしていること、仲間同士で誠実なコミュニケーションが取れていること、そして山へ行ったりサーフィンをしたりして楽しんだ分の時間を、どこかで誠実にリカバリーすることなどである。このようなIntegrityが徹底できているならば、「今日は波がいいのでサーフィンに行ってきます」ということが許されるし、同僚たちもまた「行ってらっしゃい」「楽しんできてね」と気持ちよく送り出すことができる。Integrityが自由で柔軟な働き方を担保しているというのは、すなわちそういう意味である。
「誰かがサーフィンに行ってしまったら、別の誰かがその人の仕事をカバーしなければなりません。自分のやるべき責任も果たしていない、同僚ときちんとコミュニケーションも取れていない、仲間を思う気持ちがないということでは、その人の抜けた分をカバーしてあげようという気になりませんし、『楽しんできてね』と気持ちよく送り出すこともできないというものです」(鳥居氏)
「仕事上の責任をきちんと果たして、アウトプットもきちんと出してさえいれば、何らかの理由で会社を抜け出したり休んだりしても、誰も文句は言いません。持ちつ持たれつみたいなところがありますので。とはいえ、うちの会社は成果主義ではありませんから、アウトプットさえ出していればよいかと言えばそうではない。仲間を思う誠実さや、円滑なコミュニケーションが重要になってきます。ベースにIntegrityがあるからこそ、杓子定規な制度を作らなくても、自由で柔軟な働き方が可能になっているのです」(齋藤氏)

「履歴書は後ろから読め」が採用選考時の不文律

 『社員をサーフィンに行かせよう』の好影響もあって、同社の企業イメージはすこぶるよい。そのおかげで、専門性の高い職種はともかくとして、店舗スタッフなどは自社のWEBサイトで求人を告知するだけで、思いどおりの採用ができているという。
 人材の採用に際して同社が最も重視しているのは、ミッション・ステートメントに共感できるか否かである。ミッション・ステートメントに共感することができて、アウトドアスポーツが大好きな"仲間"が集うことで、互いに誠実さと尊敬の心を持った関係が築きやすくなる。そうした人間関係がベースとなることで、自由で柔軟な働き方が可能になっている。
「業務に必要な知識やスキルは後から身に付けられますが、ミッションに共感できるかどうかというのはその人の価値観に関わることなので、入社後の教育でそれを変えていくのは非常に難しい。ですから、採用に際しては当社のミッションに共感できるかどうかを重要視していますし、そのあたりを見極めるために面接の回数を増やしています。ミッションに共感できない人が入社しても、楽しく働くことができないと思いますし」(鳥居氏)
 実際の選考に際しては、ミッション・ステートメントに共感できるかどうかを大前提に、①アウトドアスポーツの経験、②環境問題への関心・取り組み、③ビジネススキルの順に、人材を見極めている。この三つのうち、とりわけ同社が重視しているのが、①アウトドアスポーツの経験、②環境問題への関心・取り組みである。それについて書類選考の段階で把握するため、同社では応募者に対し、履歴書と一緒に「リクルーティング・アンケート」の提出を求めている。アンケートは、どのようなアウトドアスポーツをどれくらいの頻度で行っているか、そのスポーツで一番エキサイティングな出来事は何か、環境活動として実践していることがあるか等々、計8問で構成されている。
「決まったフォーマットはありません。ごく簡潔に回答を書くだけの人もいれば、自己PRを兼ねてびっしり書いてくださる人もいます。店舗スタッフ募集の場合などは、店舗のマネージャーが一番気にするのは『どういうアウトドアスポーツにどれだけ打ち込んできたか』ということですので、応募者の人となりを知る手がかりとして、このリクルーティング・アンケートを重要視しています」(小西氏)
 パタゴニアには"履歴書は後ろから読め"という不文律がある。「学歴」や「職歴」欄よりも、履歴書の後ろに設けられていることが多い「趣味・特技」の欄を真っ先に読んで、応募者の人となりや、ミッション・ステートメントに共感できる人材かを判断する。パタゴニア流の人材観がよく表れた不文律だ。
「私も採用面接に立ち会うことがあるのですが、上司からは『履歴書は後ろから読め』とよく言われます。『学歴なんか見なくてもいいから、その人がどういうことに興味があるのか、何をしている時が楽しいのかをまず見なさい』とずっと言われています」(松原氏)
 この不文律をさらに一歩推し進めたのが、10年ほど前に導入した「リクルーティング・アンケート」というわけだ。ちなみに、リクルーティング・アンケートはアウトドアスポーツに関する質問が中心になっているが、アウトドアスポーツに限らず、何か一つのことに情熱を持って打ち込んできた人材も高く評価しており、仲間として受け入れている。サーファーやクライマーだけでなく、フラメンコやフラダンスに熱中している人もいれば、伝染病の研究に打ち込んでいた人や、大学院で橋桁の研究をしていた人など多彩な人材がそろっているという。

 「ミッション・ステートメント」に共感する社員を、履歴書の後ろから見るという人物重視の基準で採用する。共通の価値観を持った社員同士が、「コアバリュー」に基づく誠実なコミュニケーションを基盤に、自由で柔軟な働き方を実現する。「サーフィンに行ける」という言葉に隠れがちだが、そこには企業理念に基づいた採用から、セルフマネジメントを重視しつつも社員間のコミュニケーションを求める管理や評価の在り方まで、一気通貫した姿勢が見られる。自社に合った人材の採用・定着や組織風土の醸成は、こうした一見遠回りに見える施策が重要だと、あらためて教えてくれる。

図表 四つのコアバリュー

Quality/質 すべてに関して最高の質を追求する
Integrity/誠実さ 誠実さと尊敬の心を持って他者との関係を確立する
Environmentalism/環境主義 個人でも会社としても環境活動を促進する
Not Bound by Convention/慣例にとらわれない これまでのしきたりにこだわらない

編集部からのお知らせ

『労政時報』本誌でご紹介してきた「企業ZOOM IN⇔OUT ―先進的な取り組みをしている企業の現場をレポート」は、今回より「WEB労政時報」およびポータルサイト「jin-Jour」にて掲載いたします(掲載は不定期となります)。

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