Point of view [2016.02.26]

第58回 下村英雄

企業内キャリア形成支援の基本原則──欧州キャリア形成支援論の視点から


下村英雄  しもむら ひでお
独立行政法人労働政策研究・研修機構 キャリア支援部門 主任研究員

1969年生まれ。筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。博士(心理学)。主著に『成人キャリア発達とキャリアガイダンス』(労働政策研究・研修機構、第37回労働関係図書優秀賞受賞)、『キャリア・コンストラクション ワークブック』(共著、金子書房)、『人を育てる中小企業-現場力の源泉は産業カウンセリングにある』(共著、雇用開発センター)がある。東京成徳大学大学院「キャリアガイダンス特論」ほか講師、日本キャリア教育学会副会長、日本産業カウンセリング学会理事。

 

 一般に、ある組織なりコミュニティなりで、その成員に何らかのキャリア形成支援を提供しようとした場合、守らなければならない基本原則がある。この原則は、主に欧州でキャリア形成支援論を公共政策との関わりで論じる領域において重視されている。しかし、日本ではあまり知られていない。どのような企業でも、およそ社内でキャリア形成支援を考える際には一考に値すると思われるので、以下にその概略を紹介したい。

「相談」「研修」「情報」のピラミッド

 この原則では、キャリア形成支援を「相談」「研修」「情報」の3層に分かれたピラミッドで説明する[図表]。一番上のとがった部分が「相談」となる。さまざま存在するキャリア形成支援のうち、ここには1対1で個別に相談に乗るタイプの取り組み、いわゆる「キャリアカウンセリング」などが該当する。日本では、2000年を越えるころから本格的な関心が持たれるようになり、大企業を中心に一定の広がりを見せている。

[図表] キャリア形成支援のピラミッド

 この「相談」であるが、キャリア形成支援の効果検証に関する研究では、利用者にとって最も効果的であることが繰り返し明らかにされている。その最大の理由は、1人の利用者が抱える問題に対して、1人の担当者が本人向けにカスタマイズしたキャリア支援を提供できる点にある。
 しかしながら、それゆえに「相談」の最大の弱点は、コストが高くつくことである。1人の相談に乗るために1人の担当者がまとまった時間を取る。また、専用の部屋や設備を用意する。このコストをペイできない。これについて、欧州のキャリア形成支援論では「1対1の相談は労働集約的な支援である」という言い方をすることがある。1対1では効率が悪く、本来、必要となるはずの支援を全員に行き届かせることが難しくなるのである。

キャリア「研修」の必然性

 したがって、ある程度まとまった数を集めて、そこで何らかのキャリア形成支援を提供しよう──ということになる。これがピラミッドの第2層の「研修」である。20人なり30人なりを集めて、講義や演習、さまざまなワークやディスカッションを行い、キャリア意識を高めてもらう。あるいはキャリアに関する知識を深めてもらう。このことで「相談」より中身の薄いサポートしか提供できないとしても、多くの社員にキャリア形成支援が行き渡る。
 また、「研修」に参加した人間のうち、一定数は問題意識が高まり、自身の課題に気づく。そのときこそ、綿密な「相談」サポートを提供する。こうすることで1対1で対応すべき人間を絞り、真剣に自らのキャリアの問題を考えたい人間を対象に、きめ細かいサポートを提供することができる。
 実際、今現在、企業内でキャリア形成支援の仕組みを充実させている企業は、ほとんどの場合、「研修」プラス「相談」の2層構造を持ち、かつ両者を十分に連携させていることが多い。現実の実践例に裏打ちされた必然性があると言えるであろう。

キャリア形成支援における「情報」の優位性

 ただし、話の要点はここから先にある。
 欧州のキャリア形成支援論では、「研修」プラス「相談」の2層構造は、「情報」という第3層によって下支えされなければならないと考えられているのである。「情報」には、社内でキャリア形成を考える上で考慮すべき事柄が、すべて含まれる。通常、社内のイントラネット上での情報提供が想定されているが、印刷物であってもよい。キャリア研修で取り上げるような内容はもちろん、簡単なセルフチェックやワークも紹介もされてよい。トップ発の情報として、社内で求められるキャリアや人材に関する方針・指針、目指す人材ミッションや信条なども書かれてよい。いずれにしても、こうした情報発信を適切に行うことが、キャリア形成支援においては何よりも先立つ。
 「情報」が重視される理由は、「研修」に参加する以前の基礎的なキャリア意識のベースを形づくるからである。キャリア形成支援が社内で浮いた取り組みになるのは、「情報」支援の下支えが十分に機能していないためである。社内ではどのような人材が求められていて、どのようなキャリアが推奨されているのか。いわゆる出世コース以外に社内ではどのようなキャリアが求められているのか。どのようなスキルや意識が必要とされているのか。こういう会社側の認識は時に応じて、随時、更新されつつ、提示される必要がある。
 また、情報支援が重視されるもう一つの理由は、主体的・自立的なキャリア形成の基礎となるからである。「情報」は、自ら動いて取ることが第一歩となる。自分で情報を見る。疑問点があれば調べる。調べて分からなければ誰かに聞く。「情報」は、自ら動かなければ何も得られないという意味で、自発的な行動を促すと考えられているのである。自らのキャリアを自分で考え切り開く雰囲気を醸成する、あらゆるキャリア形成支援の基盤が「情報」ということになる。
 何らかの組織でキャリア形成支援が機能し、十分に効果を上げている場合には、この「情報」→「研修」→「相談」のピラミッド構造がうまく成立していることが多い。自社のキャリア形成支援の仕組みを、この「相談」「研修」「情報」のピラミットのスキームを用いて今一度、考え直してみることも、また有益な視点を提供するであろう。

 その他、最近のキャリア形成支援論に関する比較的新しい情報としては、労働政策研究・研修機構ディスカッションペーパー「最近のキャリアガイダンス論の論点整理と成人キャリアガイダンスのあり方に関する論考」、また、書籍としては拙著『成人キャリア発達とキャリアガイダンス』(労働政策研究・研修機構)を参照いただきたい。
 http://www.jil.go.jp/institute/discussion/2010/10-06.html

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