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Point of view [2015.03.13]

第37回 田中俊之

男性の働き方改革
~目には見えないルールにいかに切り込むか


田中俊之   たなか としゆき
武蔵大学 社会学部 助教 博士(社会学)
1975年、東京都生まれ。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。
単著 『男性学の新展開』青弓社
共著 『大学生と語る性』晃洋書房、『ソシオロジカル・スタディーズ』世界思想社、『揺らぐ性・変わる医療』明石書店など

 

男性の働き方を考える

 近年、家事・育児参加という議論から発展して、男性の働き方の見直しに注目が集まっている。しかし、関心が高まったからといって、現実が変わるとは限らない。同様の議論は、80年代後半には過労死の増加、90年代後半から2000年にかけてはリストラと関連づけて焦点が当てられている。しかし、仕事中心に生きるのが「普通の男性」という常識は根強く、実際の改革にまでは至らなかった。
 この議論は今回が3回目になるが、高度経済成長の再来は期待できず、人口減少も明白である以上、男性の生き方は変わらなければならない。「普通の男性」という固定観念から解放される必要がある。

長時間労働の現状

 日本では、男性と仕事の結びつきが強すぎる。そのため、日本人が「働き過ぎ」という話には、少しの意外性もない。ニートへの風当たりの強さを見れば分かるように、「働き過ぎ」は問題として十分に認識されないが、男性が「働かない」ことは容易に問題として共有される。
 長時間労働の現状はどのようになっているのだろうか。2011年のデータで確認してみよう(労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較2014』より)。週50時間以上働いている男性は38.8%である。週に50時間以上働くためには、週5日出社するとして、単純に考えて1日に10時間以上労働する計算になる。とりわけ首都圏では通勤事情が悪いため、往復で2時間はかかってしまう。この時間を合わせれば、約4割の男性が24時間の半分程度を仕事のために費やしていることになる。
 国際比較をしてみると、日本男性の働き方が「普通」ではないことがよく分かる。週50時間以上働いている男性の割合は、韓国では日本の数字に近く35.0%であるが、アメリカでは15.5%と日本の半分以下の割合になっている。フィンランドやノルウェーといった北欧の国では1桁だし、オランダにいたってはわずか1.1%と100人に1人程度しか存在していない。
 「働き盛り」や「いまが頑張りどき」という言葉が、日本人の「働き過ぎ」をごまかすために利用されてきた。もちろん、男性たちが自分に「仕方がない」「当たり前」と言い聞かせてきた側面もある。しかし、生活のほとんどすべてを仕事に費やすような男性の生き方が、世界的に見て特殊であることを理解しなければならない。こうした働き方が生まれる背景には、明文化されていないルールが存在している。

企業文化という壁

 サービス残業が「常識」になっている会社で働けば、定時に帰れないだけではなく、残業を無償でしなければならない。何が目的か分からない会議が定例だからと組み込まれている会社では、自分は無意味だと思っていても、会議を欠席するのは不可能である。
 こうした企業文化の扱いが難しいのは、個々の会社でそれぞれ独特な文化が醸成されていることである。そのため、人事に関する書籍や勉強会で一般論を学んでも、自分の会社の問題の解決につながらないことが多い。
 また、当然のことであるが、ブラック企業であっても、「毎日必ず2時間はサービス残業をすること」などと文章になっているわけではない。問題のある企業文化を改善しようとしても、何を改善すればいいのかを把握するのが困難である。
 恐ろしいことだが、理不尽に感じていたルールでも、人はいずれ慣れてしまう。疑問を持たなくなり、考えるのをやめる瞬間が来るのである。それを「社会人として一人前になった」と表現することも可能ではある。しかし、「自分の会社のルール=社会のルール」と勘違いしているような視野の狭さは、本当に会社のためになるとは思えない。

男はリードする側/女はリードされる側

 仕事の場では女性の活躍が目立つようになり、イクメンに代表されるように男性が家事・育児を担うのは当然になってきた。かつてなく男女の関係は平等に近づいているように見えるが、それでも「男性はリードする側/女性はリードされる側」というルールに大きな変化はない。実際、大学生に調査しても、男女共に、告白やプロポーズといった重要な決断は男性がするべきだと考えている。
 このルールが仕事の場面に適応されれば、女性の管理職が増えたとしても、サポート的な役割を期待されることになる。そして、トップは男性というイメージは変わらない。女性よりも男性のほうが仕事上の責任が重いとなれば、男性は仕事中心の生活を続けざるを得ない。一方、女性はフルタイムで働いていても、家事・育児の役割を期待され続けてしまう。結局、男女間に「リードする/リードされる」という関係が残り続ける限り、私たちの働き方は性別によって大きな影響を受けてしまうのである。
 いまだに、多くの男性たちは、仕事をしていれば社会的な責任を果たしていると考えている。そのような認識のままでは、長時間労働の原因となっている企業文化や男女の関係性を問題として捉えることすらできない。会社はあくまで社会の一部として存在している。男性が地域や家庭でも役割を担って、より広い視野から社会を見つめられるようになる必要がある。

「男性学」への招待

 長時間労働の改善は、男性の働き方改革の要である。長時間労働がなくならない背景として、ここでは明文化されていないルールの存在を指摘した。こうした知見は、「男性学」の観点から得られたものである。
 男性学とは、「男性が男性だから抱えてしまう問題」を対象にした学問である。学術の分野では、1980年代後半から、男性学によって「男性問題」が考察されてきた。男性学は、女性学からの影響を受けて成立している。そのため、「男女の不平等な関係性の解消」、そして、「性別にとらわれない多様な生き方の実現」という目的を、男性学と女性学は共有している。
 男性学の役割は、これまであまり注目されてこなかった「男性問題」の輪郭を明確にし、解決の糸口を見つけ出すことである。欧米と比較して、日本では男性学の知名度は低いが、働き過ぎだけではなく、自殺、結婚難、あるいは定年退職後の居場所といった男性が抱える問題を対象にしている。これを機に関心を持ってもらえれば幸いである。


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