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ASTD ICEから読み取る人材開発の最新動向 [2014.11.05]

第4回・完 新しい学習文化の主役は誰なのか?


永禮弘之 株式会社エレクセ・パートナーズ代表取締役 クライアントパートナー
ASTDジャパン 理事

長尾朋子 株式会社エレクセ・パートナーズ クライアントパートナー

 本連載では、ASTD(American Society for Training and Development、米国人材開発機構)[注1]主催の人材開発分野最大級の国際会議ASTD ICE(ASTD国際会議:ASTD International Conference & Exposition)で発信された最新トレンドを全4回で紹介する。最終回となる第4回では、経営環境の激しい変化、デジタル世代の増加が生み出す新たな学習文化、それに伴う学習デザインの在り方を探っていこう。

[注1]ASTDは世界最大級の人材開発・組織開発に関する非営利団体であり、設立は1944年。米国ヴァージニア州アレキサンドリアに本部を置き、世界120カ国以上に約4万人の会員を持つ。2014年のASTD ICEはワシントンD.C.で開催され、1万人近くの参加者が人材開発・組織開発における第一線の理論や手法、事例を学んだ。

◆リーダーシップ開発で注目のキーワード「VUCA」

 ASTD ICEでは、昨年あたりから「グローバル人材開発」のセッションを中心に、「VUCA」という新しいキーワードが盛んに聞かれる。「VUCA」とは、もともとは「Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)」を指す軍事用語だが、最近はグローバル化で変化の激しい経営環境の代名詞となっている。世界各国のCEOは、近年対応を迫られるVUCAの要素に、欧州の不況、中国の金融不安、ラテンアメリカの労働問題、サイバーセキュリティ、エネルギー市場の変動──などを挙げる[注2]
 グローバルリーダーの能力では、変化の方向性や速さの見極め、不確実性の中での意思決定とアクション、組織内外の複雑性に対するかじ取り、予想外の事象や予測不可能な状況における組織成果の維持などが注目され始めた。第2回で取り上げたグローバルリーダーシップ開発調査[注3]の結果によると、リーダーがVUCAに対する高い適応能力を持つ組織は、低い組織と比べ、「リーダー候補者の質と量の充実度」が3.5倍上回るそうだ。

[注2]Mitchell, C., Ray, R.L., & van Ark, B., The Conference Board CEO Challenge 2014: People and Performance, New York, The Conference Board, www.conference-board.org
※この「CEO Challenge 2014」調査は、世界各国のCEO約1000人を対象に2013年9~11月に行われた。
[注3]The Global Leadership Forecast 2014-2015, http://www.ddiworld.com/glf2014

◆21世紀の主役は「起業家精神の学習者」

 VUCAの度合いが高まる環境で、学習文化はどのように変わるのだろうか。組織学習やイノベーション、デジタル文化を専門とする認知科学者のジョン・シーリー・ブラウン氏は、ASTD ICE 2013の基調講演で新たな学習文化の在り方を唱え、多くの参加者の賛同を得た。
 新しい学習文化の主役は「Entrepreneurial Learner(起業家精神の学習者)」と呼ばれる。激しい変化に前向きに対応し、周囲の環境から自身に必要なことを読み取り、あらゆる機会を学習の題材にして主体的に学ぶ人たちだ。ブラウン氏の話では、起業家精神の学習者の学習スタイルには次のような傾向がある。

 ①探究:常に自らの好奇心に従って、探り、見いだし、追求する
 ②結びつき:他者と互いの知識や経験を共有する
 ③内省:他者の支援を得て自身を振り返る
 ④遊び:創造性を高めるために学習の仕組みに遊びの要素を加える

 例えば、ソフトウェア企業のSAP社は、ブログを使った社内外200万人が参加する学習コミュニティ(SCN:SAP Community Network)[注4]を持つ。参加者は、互いの学習ニーズに沿って知識や経験をブログ上で交換する。ブラウン氏によれば、投稿した質問や意見には、平均17分で最初のレスポンスが来るらしい。SCNには、早く回答すれば評価ポイントを得られる"遊び"を含んだ仕組みがあり、評判が高い人はよいプロジェクトに入りやすくなるようだ。そのため「協働学習への意欲がさらに上がる」好循環が生まれる。
 グローバル法律事務所スキャデンのニューヨークオフィスでは、新人弁護士同士が、ソーシャルネットワークで自主的に知識や経験を共有し、訴訟を乗り切っていた。この学習コミュニティは経験豊かなシニアパートナーとの相互学習の場に発展し、若手とベテランが定期的に集まる相互メンタリングの機会として活用されている。
 ブラウン氏は、近年、独創的な発想の多くは、この二つの例のようにソーシャルネットワーク上で起こると述べている[注5]。知的資本は会社主催の研修だけでなく、デジタルやインフォーマルなつながりの中で共有され発展するのだ。

[注4]SAP Community Networkについては、以下のサイトを参照。
http://scn.sap.com/welcome?original_fqdn=www.scn.sap.com
[注5]ジョン・シーリー・ブラウン教授の2013年ASTD国際会議(2013年5月21日)基調講演(The Entrepreneurial Learner-Thriving on Change in the 21st Century)による。

◆デジタル世代が学習文化を変える

 デジタル社会の進展とそれに親しんだミレニアル世代(1980~95年生まれ)の活躍も、学習文化の変化に拍車を掛ける。ASTDの2011年調査によると、モバイル機器の加入数は世界中で60億件を越えた(世界人口の87%に当たる)。米国では、操作性や持ち運びの便利さから、スマートフォンやタブレット端末などを使ったモバイルラーニングを導入する企業が増えている。モバイルラーニングに関する2012年の調査[注6]では、回答企業の28%が社内にモバイル機器用の教材を持ち、"いつでもどこでも利用可能な"学習環境を整えている。

[注6]「Mobile Learning: Delivering Learning in a Connected World」(Vol. 4/No. 1、ASTD research、2012年)

 ミレニアル世代は、米国では8000万人とされ、2025年までに就労人口の75%を占めるといわれる。彼らは、「結びつき」と「ソーシャルネットワーク」の文化を通じて育った世代だ。世界中にいる同僚、友人、家族と常時デジタルでつながりを持ち、交流することを習慣としている[注7]。この世代の大半は、「所有」や「管理」よりも「創造」「共有」「協働」を重んじる「起業家精神の学習者」であり、職場を他者との協創、学習の場と捉えている。

[注7]Arneson, J., Rothwell, W., & Naughton, J.「ASTD Competency Study」、2013年

◆学習の"個人化"がますます進む

 モバイル機器という学習ツールの導入、それを使いこなす「起業家精神の学習者」ミレニアル世代が組織の中核となることで、学習スタイルが変わる。ブラウン氏は、学習のテーマや時間、場所、教材の選択は、ますます個人に委ねられると指摘する。

 2014年のASTD ICEでは、組織学習デザインの大家で、「eラーニング」という言葉の生みの親であるエリオット・メイシー氏が、個人の学習スタイルに関するデータを基に、新たな学習デザインの方向性を示した[注8]

[注8]Masie, E.「Big Learning Directions & Big Learning Data」、ASTD ICE 2014 コンカレント・セッション

 メイシー氏によれば、最近の学習スタイルは、ますます学習者主導になっている。裏返せば、体系的で画一的な学習は好まれない傾向にある。
 Web学習では、学習者はコンテンツに7分間くらいしか集中できない。1時間の内容であってもすべては見ず、流しっ放しや早回しにする人も多いという。米国で普及している無料の大規模オンライン公開講座(MOOC[注9])の受講者7万9000人を追跡調査した結果では、完遂者は5000人(全体の6%)のみだった。しかも、受講者の成績の平均はCマイナス(中の下)で、学習到達度が高いとは言えなかった。
 1日当たりの学習時間の短縮化も著しい。いまや1日の集合研修は半日に、半日の集合研修は個人のWeb学習に変わり、Web学習は12分のビデオクリップになっている。

[注9]「Massive Open Online Course(大規模オンライン公開講座)」の略。インターネット上で誰もが無料で受講できる講義であり、主に米国の大学で無料で提供されている。

 学習者は、与えられた学習内容のすべてを必要とせず、自分が知りたいことだけが分かればよいと考えている。余分なことには時間も手間も極力費やさないようだ。例えば、参照が可能な情報はその場で書きとめない。後から自分で確認すればよいので、参照先だけを教えてほしいと考えている。体系的な教材が提供されても、自分の目的に合わせて、役に立つ部分だけをバラバラに利用しているのが実態だ。
 学習者が求めているのは、知識全体をカバーした体系的な教材ではない。自身の学習目的にかない、忙しい中でも学習にかかわれて、記憶の必要がなく、短時間に行えて、個人が手元でいつでも利用できる教材なのだ。

"コンテンツ中心"から"学習者中心"の学びへ

 学習スタイルの変化は、組織学習の在り方をどう変えるのだろうか。組織が決めたゴールに向けて、人材開発部門が用意した一律の学習内容を効率的に社員に学ばせるこれまでのやり方は、社員が自身の学習ニーズに基づき、自発的に学習するスタイルに移行するだろう。ソーシャルラーニングやインフォーマルラーニングといった学習者主導の知識・経験の共有、相互学習の比重はおのずと高まる。そして人材開発部門の役割は、教材作成やトレーニングの実施・運営から、組織における効果的な学習の在り方の提示、社員の学習ゴールの見極め、ゴール到達に向けたコンテンツの選択など、学習支援の環境整備に移ると考えられる。

 先述のブラウン氏は、「20世紀は、組織が教育を通じて求める人材を画一的に育成していたが、21世紀は、組織に集まる個々人によって組織が形づくられる。そのため、人材開発の責任者には、個人が『起業家精神の学習者』として創造力を発揮し、他者と協働して自発的に学習する環境を整える役割がある」と主張する。人材開発部門には、職場全体が学習の場となる組織をつくることが求められるのだ。
 例えば、グーグル社の「20%ポリシー」(エンジニアが、勤務時間の20%を自身の本業以外の製品・アイデアの創造、改良プロジェクトに充てる仕組み)は、ブラウン氏の説く学習環境設計の好事例だ。エンジニアは勤務時間を使って新しいアイデアを探究し、おもしろいアイデアは他者を巻き込んで実現化することを奨励される。起業家精神の学習者の学習スタイル特有の"遊び"を満たし、固定的な見方を切り替え、社員の創造性を高める効果的な仕組みだ。グーグル・ニュース、Gmailなどは、この20%の時間から生まれたと言われる。

 ASTD ICEでは、2013年以降、組織学習のリーダーに求められるのは「キュレーション(Curation)」の力だという主張が目立つ。「キュレーション」とは、美術館や博物館の学芸員(キュレーター)がテーマに沿って作品を収集、編集、展示することを指す。つまり、組織学習のリーダーとして、学習の当事者たちの複雑で異なる学習ニーズに応えるために、学習リソースの有用性や信頼性を判断し、効果的に情報を集め、企業家精神の学習者たちが自由に使えるようにプロデュースすることが役割となる。人材開発部門には、集合研修のような"イベント"的な学習機会だけに携わるのではなく、先見性と専門性を持ち、組織全体の学習活動の"プロセス"をデザインし、学習者の意向に沿って支援することが求められているのだ。

編集部より:本連載は今回で最終回となります。全4回までお読みいただき、誠に有り難うございました。

【筆者よりお知らせ】
 ASTD日本支部(ASTDジャパン)では、日本のASTD会員に対し、組織開発、HPI(Human Performance Improvement)、リーダーシップ開発、タレントマネジメント等をテーマにした調査研究活動や、交流イベント、ASTD本国の情報提供などを行っています。興味のある方はASTDジャパンのサイト(http://www.astdjapan.com/)をご覧ください。
 また、株式会社エレクセ・パートナーズでは、ASTD国際会議の内容を定期的にメールで発信していますので、ご希望の方は、ぜひ当社までお問い合わせください。 ご照会用Eメールアドレス[info@l-excepartners.co.jp

 

永禮 弘之 ながれ ひろゆき 
株式会社エレクセ・パートナーズ代表取締役 クライアントパートナー/ASTDジャパン 理事

化学会社の営業・営業企画・経営企画、外資系コンサルティング会社のコンサルタント、衛星放送会社の経営企画部長・事業開発部長、組織変革コンサルティング会社の取締役などを経て現在に至る。建設、化学、医薬品、食品、自動車、電機、情報通信、小売、外食、ホテル、教育出版、文具など幅広い業界の企業に対して、1万人以上の経営幹部、若手リーダーの育成を支援。ASTD日本支部理事、リーダーシップ開発委員会委員長。 主な著書・雑誌寄稿に、『リーダーシップ開発の基本』(ヒューマンバリュー、日本語版監修)、『マネジャーになってしまったら読む本』(ダイヤモンド社)、『強い会社は社員が偉い』(日経BP社)、『問題発見力と解決力』(日本経済新聞社、共著)、『グループ経営の実際』(日本経済新聞社、共著)、『日経ビジネス』(2012年11月19日号、日経BP社)「イノベーションを生む組織 1人のリーダーに頼る限界」、『日経ビジネスオンライン』(日経BP社)連載「野々村人事部長の歳時記シリーズ1~3」、『日経ビジネスアソシエ』(日経BP社)連載「MBA講座」、『人材教育』(日本能率協会マネジメントセンター)寄稿「ASTD2011 International Conference & Expo レポート『リーダーシップ開発は個人の内面と向き合うアプローチへ』」、『IIBCグローバル人材育成プロジェクト』(国際ビジネスコミュニケーション協会)連載「Step by Step ゼロから始めるグローバルリーダー育成プログラム」、『労政時報』第3820号(12.4.27、労務行政)掲載「これからの管理職育成」寄稿「ミドル育成のカギは、『ピープルマネジメント』の意識付け、成長機会の7:2:1のバランス、若い頃からの判断経験の積み重ね」、「Web労政時報」連載「グローバル人材マネジメントへのリーダーシップ」(全13回)、『労政時報別冊 人事担当者が知っておきたい、10の基礎知識。8つの心構え。』(労務行政)寄稿「"グローバル化"で求められる人事の役割と考え方」など多数。

長尾 朋子 ながお ともこ 
株式会社エレクセ・パートナーズ クライアントパートナー

流通・小売業で、全社能力開発・研修体系の構築、次世代リーダー、階層別マネジメント研修プログラムの企画開発・運営管理を行い、その後、教育事業会社の立ち上げや、組織変革コンサルティング会社での人材育成支援事業に携わる。現在は、研修プログラム、アセスメントなどの商品・サービスの企画開発、マーケティングをはじめ、事業会社の教育体系構築支援などを通じ、企業のリーダー人材開発支援に取り組んでいる。 著書・雑誌寄稿に、『リーダーシップ開発の基本』(ヒューマンバリュー、日本語版翻訳)、『IIBCグローバル人材育成プロジェクト』(国際ビジネスコミュニケーション協会)連載「Step by Step グローバルHRが知っておきたい人材育成の実践理論」、『日経ビジネスオンライン』(日経BP社)連載「野々村人事部長の歳時記シリーズ1~3」がある。


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