Point of view [2013.10.11]

第5回 原 昌登

労働法の「基本」を学ぶということ

原 昌登 はら まさと
成蹊大学法学部 教授
1999年、東北大学法学部卒業。同年、東北大学助手。文部科学省内地研究員(東京大学へ内地留学)併任を経て、2004年、成蹊大学法学部専任講師。同准教授等を経て現職。労働法専攻。2010年、厚生労働省「労使関係法研究会」委員。著書に水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第2版)』(有斐閣、2011年)、野川 忍編『レッスン労働法』(有斐閣、2013年)(いずれも共著)など。

 

はじめに

 昨今、労働法を学ぶことについての関心がますます高まっているように思われる。実際、さまざまな団体や機関が、企業の人事労務担当者や労働組合の役員、あるいは広く一般の人たちを対象とした労働法セミナーを開催している。
 インターネットによって情報を集めることは容易になったものの、情報を分析し使いこなすためには、やはり労働法の枠組みを理解しておくことが重要だからであろう。筆者もありがたいことにセミナー講師の機会を数多くいただいているが、学ぶこと、そして考えさせられることが多いのも事実である。

解雇の話をきっかけに考えたこと

 先日、セミナーで解雇をテーマに話をする機会があった。まず、解雇に合理性と相当性(特に相当性)を厳しく要求するのが解雇権濫用法理(労働契約法16条)の基本的な立場であることを説明し、その後で「高い能力を持つことを前提に高いポストに中途採用した労働者については、長期的な雇用を前提に新卒で採用した労働者に比べて解雇が認められやすい」という話を紹介した。誤解がないように補足するが、解雇は突き詰めればケースバイケースの問題であり、中途採用だから必ず解雇できるというわけではないので、あくまでざっくりした話だと思ってほしい。

労働契約法
第16条 解雇
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合
は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 紹介をしながら、労働法の「基本」についてふと考えさせられた。
 この話について、「なるほど、そういう類型があるのか、『中途採用者の解雇』という類型として覚えておこう」と丸暗記するのも一つの手ではある。しかし、解雇権濫用法理(現・労働契約法16条)が形成された「歴史」について、簡単にでも知っていれば、単に機械的に丸暗記するのではなく、納得して無理なく頭に入れることができるし、場合によっては暗記しなくとも自分で考えて同じ結論を導き出せるようにも思われる。
 まず、解雇権濫用法理は、能力不足など一般的な理由による解雇を制限する法律上のルールが存在しなかった時代、解雇が労働者本人やその家族に与えるダメージが大きいこと、長期雇用を前提とする社会では、(中途採用が少なく解雇後の再就職が困難である分)いっそうそのダメージが大きいことを背景に、判例の積み重ねで形成されたルールであると理解できる。こうしたことを理解していれば、先ほどの中途採用者の解雇のように必ずしも長期雇用を前提としないケースでは、解雇権濫用法理の基本的な立場が多少変わり、相当性が認められやすくなる。つまり、解雇権濫用と判断されにくくなるという話もすんなり理解できるのではないだろうか。

労働法の「基本」とは?

 こうして考えてみると、労働法の「基本」を学ぶとは、さまざまなルール(条文や判例法理)の基礎にある「歴史」、「考え方」も含めて学ぶというのが、望ましい在り方であるといえる。ただ、これはなかなか簡単ではない。セミナーの時間は限られている。明日からいや、今日から役に立つ知識を身に付けたくて仕事の合間を縫って参加している受講者を前にすると、実務上問題となりそうなポイントや、最新の裁判例の紹介に多くの時間を割きたくなる気持ちもある。
 しかし、ここで重要なのは発想の転換であろう。職場で起こり得るあらゆるトラブルについて、セミナーで予測し答えを示すことなど、できるはずがない。受講者は、学んだル―ルを職場等で「応用」し、トラブルの防止や解決に当たることになる。そうした応用が利く「基本」を身に付けるとは、用語の意味やルールの内容について、可能な限りその歴史的背景や考え方も含めて身に付けることだと筆者は考える。
 解雇でいえば、先に述べた解雇権濫用法理の歴史、加えて「権利濫用法理」の基本的な考え方であろうか。「権利」というと「自由に使ってよいもの」という理解が一般的であろうが、法の世界では濫用の禁止ということが重要な共通ルール(考え方)であり、労働法の多くの場面で用いられている。このことを知っていると、解雇、懲戒、配転、出向、降格、内定取り消しといったテーマについて、基本的な考え方は同じであり、あとはそれぞれ権利濫用かどうかの判断要素をチェックすればよいことがわかり、格段に学びやすくなるであろう。

「基本」を伝えることの難しさ、大切さ

 歴史や考え方が重要といっても、情報量が多すぎて消化不良のセミナーになってはいけない。問題の所在、用語、ルール、実務上の留意点などを一通り伝える中で、無理なく、バランスよく歴史や考え方を盛り込むことが、講師の腕の見せ所であり、筆者も試行錯誤を続けている。難しい課題であるが、受講者が「基本」を理解することに大きな意味があることを忘れずに、セミナーや著書を通して「伝える」努力を続けていきたいと思っている今日この頃である。

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