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『日本人事』特別企画 「私の視点―これからの日本・ヒト・人事」 [2012.10.10]

第2回 中沢孝夫


グローバル人材の育ち方

中沢 孝夫 なかざわ たかお
福井県立大学地域経済研究所所長(特任教授)

兵庫県立大学教授を経て2008年から福井県立大学教授。2012年4月から現職。専門は中小企業論。1000社(そのうち100社は海外)の聞き取り調査を行っており、ミクロな企業経営を専門とする。日本経済新聞(夕刊)「目利きが選ぶ3冊の本」を連載中。また「週刊東洋経済」「週刊エコノミスト」に定期的に書評を寄稿。
主な著書に「グローバル化と中小企業」(筑摩書房)、「中小企業は進化する」(岩波書店)、「就活のまえに」(ちくまプリマー新書)、「中小企業新時代」(岩波新書)、「グローバル化と日本のものづくり」藤本隆宏と共著(放送大学テキスト)などがある。


1.人間の成長とは「新たに知る」ということ

 『日本人事』の登場人物に共通するのは、予期せぬ仕事への従事の連続が人々を鍛えたという事実である。人材育成はなるべく体系的かつ公平に…が原則だが、会社や職場の事情というものはマーケットや技術の移り変わりで常に変化していく。時代を超えて共通するのは、成長したいと思っている人間は、どんどん新しいことに飛び込むことが必要だ、ということである。
 海外展開する工場の取材をするようになって20年ほどたつが、海外勤務者の人間としての成長の速さに驚くことが多い。定点観測をしている工場が何社かあるが、インタビューを繰り返すうちに、2年、3年といった短期間で急速に人間としての幅や厚みを身に付けていることを発見し感銘を受けることがある。「大化けする」という言葉があるが、それは実際のことである。
 人間の成長とは「新たに知る」ということに他ならないが、海外での勤務は日本国内での仕事とは多くの点で異なっている。それは「学び」と「発見」の日々であるといってよい。むろん国内でも配置転換を繰り返すうちに、たくさんの経験を積み重ねることは可能だし、多くの職場がそうしている。しかし海外での勤務は日本での職場生活とだいぶ異なる。

2.海外勤務では「教える」ことを通して、自身がたくさんのことを再発見して学ぶ

 まず海外の場合は現地の従業員に「教えねばならぬこと」が日本国内よりも圧倒的に多いということ。そしてなによりも、「教える」ことを通して、自分自身がたくさんのことを再発見して学ぶことになる。また駐在する担当者は常に最小限なので、業務の幅が広く、何でもやらねばならないので経験の広がりが大きい。自分自身が見よう見まね、といった業務が多くなるのだ。そこでは誰も教えてくれない。自分が工夫する以外にない。
 例えば日本国内の場合、100人を超えるような規模の会社なら、営業と生産現場とは仕事が分かれている。自分が受注してきた仕事を、そのまま現場で作業にかかる、ということはあまりない。あるいは経営者やそれに準ずる人が、採用したばかりの新人にゼロから仕事を教えるということもあまりない。また、だいたいにおいて事務部門と、技能・技術部門は分かれている。つまり仕事の役割分担というものがある。
 しかし、特に中小企業の海外勤務はそうはいかない。基本的に何でもやらなければならないのである。工場の設備や従業員の管理をはじめとして、予期しないトラブルはいつもある。現地人がなかなか仕事を覚えてくれないことや、ちょっと仕事と日本語を覚えると、すぐに転職してしまうことなどを含め、「困ったこと」を本社にメールで問い合わせたりするのも意味はない。現地情報は自分が持っている以上のものはないので、結局のところ自分で決断する以外にないのである。

3.大切なことは、「相手に伝える経験値」を持っているかどうか

 海外勤務に限らないが、仕事をする上で大切なことは、「相手に伝える経験値」を持っているかどうかである。工場の仕事ならば、図面の読み方、機械の扱い方、工夫の仕方…といったことを教えることができるかどうかが問われている。教えるためには、まずきちんと知っていなければならない。スキル・マップを作り、順々に理解する手順を誰にでも分かるようにしなければならない。「見ていれば分かるだろう」とか「背中を見て覚えろ」というのは昔の話である。
 ましてや外国での勤務ならなおさらだ。インドネシアでもベトナムでもどこでもよい。現地で展開している工場を訪ねて話を聞くと、「覚えてもらう苦労」が絶えないのである。それは「英語が分かれば伝わる」ことではない。もともとそうした国で、100人、200人といった規模の会社が、英語がきちんと使えるような人材(特に技術系)を採用するのは至難である。
 そんなことよりも例えば、①勤務時間など就業規則を覚える。②工場内の「危険」な箇所を覚える。③整理、整頓、清潔、清掃を心掛ける。④上司の指示を守り業務を遂行する。⑤手順書を理解し作業ができるようにする。⑥良品と不良品の識別ができるようにする。⑦治具を扱えるようにする――といった項目を50~60項目作り、最後には生産計画から調整までできるように教育することのほうが大切である。5項目を覚えれば月に5ドルの手当がつく、といったインセンティブも必要だ。
 そんな仕組みを作っても、日本であれば、3年から4年で設計図を見て、普通に機械が扱えるようになるが、ASEANでは4年から5年かかるとみてよい。もちろん個人差はある。「日本の若者よりずっと覚えるのが早いですよ」という事例もあるが、ここでは平均値をいっている。
 また、スキル・マップには「日本語検定の3級の獲得」とか「TOEICで300点の獲得」といった項目が並んでいて、(ベトナムの場合でいえば、高卒初任給が月額100ドルの賃金だが)、手当として毎月50ドル支給といった大きなインセンティブが付加される。もちろん、その間に日本人も現地語を必死に覚える。

4.大切なのは「相手に伝えたいこと」と「知らないところに飛び込む勇気」

 このようなことを書くのは、グローバル人材、というとすぐに「英語能力」という反応があるからだ。シンガポールやフィリピンなどは別として、基本的にはどこの国でも現地語が大事だ。むろん英語の能力は大事だが、日常的な日本でのビジネスシーンを思い浮かべてみれば分かるように、「英語が分かればできる仕事」「英語が分からないとできない仕事」がどれだけあるだろう。日本が特殊な国ということではない。
 「日本国内での会議も英語でやります」とか「管理職はTOEIC700点以上」といった話は、話題としては分かりやすいし面白いだろうが、実際の仕事では本筋のことではない。どこに行っても求められる大切な条件は「相手に伝えたいことがあるかどうか」ということと「知らないところに飛び込む勇気」の二つである。
 もちろん、大企業と中小企業では異なる。また10年前、15年前に進出した工場に転勤する場合は、仕事の回り方の基礎が出来上がっているので、日本国内での転勤とあまり変わらない。もっとも、10年、15年たつと現地人も成長し、総額経費の関係からなるべく日本人を減らす方向になるので、300人の工場に常駐は2人で、長期出張が何人かいる、といった事例のほうが多い。日本人がいつまでもいるとコスト高になってしまうのだ。
 ただ、問題なのは最後まで残っている人である。中小企業の場合は、常駐者はなかなか日本に帰らない(帰れない)傾向が見られる。主要な従業員の顔と能力を覚え(それが工場の実力だ)、取引先との関係を熟知し、すべての仕事を教えることができ、言葉も覚え、現地での暮らしにも慣れ…となり代わりがいなくなってしまうのである。また本人も現地での社長業が面白くて日本に戻る必然性を喪(うしな)う。むろんそれでもよい。
 アジア通貨危機(1997年)の前の頃は、多くの工場で目標となっていたのは、「現地人の職場生活の設計力」だった。つまり「あの人のようになりたい」と目標となる「職場のモデル」が育つかどうかだった。1960年代、1970年代といった初期に進出した大企業ならば当然、日本と同様な職場文化も作れるだろうが、中小企業はそうはいかない、と筆者は思っていた。しかしそうではなかった。日本の工場に研修に行かせたり、昇任・昇格の仕組みを整備したり、「査定」することの意味を定着させたりしているうちに、だんだん日本の工場と変わらなくなってくる。問題は経過時間だ。
 人間というのはとても応用が利く。ずいぶんと大変なことでも、何とか克服するものであり、10年前、15年前のことはみな笑い話である。ただ繰り返しになるが「知らないところに飛び込む勇気」は必要だ。これがない人はグローバル人材になるのは難しい。むろん「メンタル・ヘルス」の問題はある。また、特に子供の教育や奥さんの暮らしなどでも問題は生じる。しかし、ASEANの大都市はみな同じようになってきている。ショッピングセンターも量販店もコンビニも、である。


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