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『HRトークLIVE』レポート
第1回 グローバルで躍動する人材づくりのために、いま人事は何をすべきか
[2012.08.22]

Session1〈2〉 制度・ルール頼りではグローバル人事は成り立たない

 

■人事は自ら権威や権限を捨て、「正しさ」で対峙すべき


野田
 では、ここでいったん、会場とのディスカッションに移りましょう。八木さんのこれまでのお話について、ご質問やご意見をどうぞ。

参加者Aさん お話にあったLIXIL VALUEの中身を教えてください。

八木 LIXIL VALUEには、約束したものはちゃんと答えを出す、スピードを持つ、クオリティの高いことをきちっとやる――こういったごく当たり前のことが九つ並んでいます。
ポイントは、何がどう書かれているかということではありません。それを本当にやるかどうかです。例えばLIXIL VALUEの中にオープンという項目があります。ところが、社内を回ってみると、組織図をオープンにしてはいけないという部署がある。オープンにすると戦略が分かってしまうからだというのです。
それはダメでしょう、と。何も会社全体の組織図をよその会社にわざわざプレゼントして回る必要はないけれども、自分の関係する部署の組織図もシェアしていないというのはどういうことか。LIXIL VALUEを見てご覧なさい。ここにオープンと書いてあるでしょう。だったら、組織図くらいみんなでシェアしなさい。こういうことを、いま社内で説いて回っているところです。
書いてあることとやっていることを同じにする、ということが、いま一番大事なことだと思います。

野田 ありがとうございます。他にはいかがですか?

参加者Bさん 「人事マフィアはダメだ」というお話が先ほどありました。私も人事にいるのですが、どうやったらそれを変えられるのでしょうか。

野田 人事の隠然たる力。これをどうすれば破壊できるのかということですね。八木さん、いかがでしょうか。

八木 自分たちが持っている権威や権限を、全部捨てればよいのです。権限を捨ててでも人事の仕事をしようと思ったら、そのためには正しいことを語るしかないんです。

野田 なるほど。

八木 権限を振りかざして、「人事異動は俺が決めるんだ」とか、「プロモーションは人事の最終権限だ」といった仕事の仕方自体が「マフィア」ということなんです。そういうことを全部止めてしまって、何の権限もなくなってしまっても人事の仕事ができるのだろうか、と思われるかもしれません。
でも、正しいことを言っている人を否定するのはものすごく難しいんです。
権限が誰にあろうと、自分が正しいと思っていることが実行されようとしたとき、自分の意見をはっきり言う。例えば、「この人はこうこう、こういうことで、この会社のこのポジションの、このオーガニゼーションの将来を握る力を持っているじゃないですか」というディスカッションに持ち込むのです。そうして正しいことを言い続ければ、最終的には勝てます。
私は、GEにいるとき、自分の権限を徹底的になくしていきました。そして、正しいことを言うだけ。LIXILも、いまは人事がとても大きな権限を持っているのですが、できるだけ、この権限というやつをなくしていこうと思っています。

野田 これはすごいですね。ラインマネジャーに、自分たちの昇進を決める権限を与えてしまうということですね。ただし、変なことを言ってきたら、「ちょっと待てよ、お前」と、語るということですね。

八木 そうです。先ほどお話しした「ストーリーを語れ」とはそういうことなんです。おかしいことに対して正しさでチャレンジする。それは簡単ではありません。人事のわれわれの側が、常に研鑽を続けていなければならない、ということだと思います。

■「いま、何が正しいのか」――ルールではなく、議論からの正義


参加者Cさん 「制度で縛ってはダメ」というお話ですが、私は前職が税務系で、法律や制度を気にしながら仕事をしてきました。そういう目で見ると、人事における制度はやはり重要だと感じます。
グローバル化するためにはフレキシブルにならなければならない、ということも分かる一方で、安易に人事部が制度を変える、ということには慎重になるべきだとも思います。変えてしまったときに本当に人事が機能するのだろうか。そういったところの疑問があります。

野田 これは素晴らしい質問ですね。

八木 制度で縛らずにできるか、と言われれば、できると答えるしかありません。そのためには、先ほど申し上げたように、人事の側が、常にものをよく考えている必要があります。
どこに行っても、悪いことをする人やルールを破る人は必ずいます。もちろん私自身、そういうことは大嫌いですし許すつもりもありません。でも、そういう人たちがいることを前提として、全員に制度をかぶせるのは、会社の活動として本当に良いことでしょうか。
人としておかしいことをした相手に対して、ルールがあるからNoと言うのではなく、「あなた、それ人としておかしいでしょう」と説いてNoにしていく。これは非常に難しいことです。難しいからルールで線を引くんです。

でも、制度でやればやるほど人はやる気をなくします。これは制度だから、ルールだから守りなさい――ということでは人は付いてこない。しかも、日本発の制度を世界中で守らせようとすると、ものすごく大変なことになります。グローバルでは、働いている人のバックグラウンドはみんな違いますから、できるだけ各国の状況に合わせて制度を運営できるように緩くしておく。そして、おかしなことしたときにはきちんとした対応をしていく。そのほかにはやりようがないと思うのです。

一般論で申し訳ありませんが、人事の役割というのは「人のやる気をどうやって高めるか」ということだと思います。そこが、その会社を差別化する、人事として差別化する一番重要なポイントだと思います。逆に言えば、やる気を下げてしまうようなことはできるだけやらないほうが良い。その人のやる気を下げてしまうことの一つに、ルールで縛るということがあると思います。
だから、私は、できるだけルールで縛らない。ルール以外のもので縛る、と言うと語弊がありますが、もっと別の方向性を見いだしていくべきだと思います。それが「ストーリーで語る」ということです。そして、絶対に許せないことをしたときには、「あなたアウト」とはっきり言う。それをきちんとやっていくということだと思います。

野田 いまのは、本当に良い質問だと思いました。マイケル・サンデル教授の「白熱教室」で議論される「正義とはなんぞや」という問題ですよね。組織における正義をどう定義するのか、という話です。この話題は機会を改めて、このHRトークLIVEで取り上げてみたいと思います。

少しだけ、その前振りのようなお話をしたいのですが、例えばコンサルティングファームとかインベストメントバンカーとか、いわゆるプロフェッショナル集団の人たちには、人事評価票が作られていない場合が多いんです。つまり、評価のフレームワーク自体がない。全人格的な主観評価の世界です。ただし、1人の上司だけの主観評価では納得性がないので、マネジャー層の何人かがチームを作って合議して、まさに語り合いながら評価を決めていくのです。
ルールや制度、フレームワークで人をコントロールしようとしても、ある一定レベルを超えるとそれが不可能になってくる。いまのような議論は人事として、実に中核の議論だと思います。
ただし、ルールや制度をなくす、あるいは緩くする場合の最大の問題として、人が育っていないところでそれをやると運用不能になるのです。どうにもならない人ばかりいる会社では、どうにもならない結論にしかならないのです。

八木 そこがポイントだと思います。人間が考えることだから、「何が正しいか」を全てリストアップすることは不可能です。哲学には2500年以上の歴史がありますが、「いま、これこそが正しい哲学です」というものはありません。それくらい「正しい」っていうのは、突き詰められないと思っています。
ではどうするか。ルールに決められているからと言って判断を逃げるのか。
そうではなく、そこに「何が正しいか」ということを考える人間を連れてきて、「その人が、いま正しいと思っていること」をきちんと実現していく。私はそうすべきと思います。
キーワードは「いま」です。「いま」がこれまででベストの状態のはずの自分――いろんなことを経験し、考えてきて、それを基に「正しい」ことだろうと判断できる。パーフェクトではないかもしれないけれど、人事として、あるいはリーダーとして、マネジャーとして、「いま」こう考えているんだよ、というディスカッションをするわけです。そこに加わる人数を増やしていくことで、「いま、この状況でのベスト」というものが出てくると思うんです。

野田 特にグローバルになればなるほど、制度で縛るのは各国別の事情があるからなおさら難しくなる。そうではなく、対話による主観のぶつけ合いしかない、ということになるんですね。

八木 そういうことだと思いますし、細かいことに入り込んで議論してもあまり意味はないですね。


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