jin-jour(ジンジュール) |人材育成、リーダーシップ、モチベーション、メンタルヘルス対策など 人事の視点から、働く人と会社の関係を元気にする情報を発信

ログイン
MENU

メニュー

×

日本人事 ~プロが語る 人事魂~
トヨタ自動車 常務役員 吉貴寛良さん
[2011.07.19]

【日本人事】「人事をやる人間は、人に対する興味と愛情がないと仕事はやれないし、やってはいけない」~トヨタ自動車株式会社 常務役員 吉貴 寛良さん(4/4)


日本人事 ~人事のプロから働く人たちへ~(8・完)
トヨタ自動車株式会社 常務役員 吉貴 寛良 さん

取材・文:溝上憲文(ジャーナリスト)
撮影:トリニティ

企業において、一人ひとりの社員の力を引き出す役割を担い、企業競争力のカギを握るのが人事部です。「日本人事─NIPPON JINJI」では、経験豊富な人事パーソンに、仕事を通じて味わった「つらさ」「喜び」「やりがい」など、 人事として働くことの原点・本質を語ってもらいました。
トヨタ自動車株式会社 常務役員の吉貴 寛良さん編の最終回となる今回は、同社五十数年ぶりの人事制度改革「チャレンジプログラム」の背後にあった想い、そして吉貴さんが考える「人事の原点」について語っていただきます。

コミュニケーションの重要性を痛感

トヨタ生産方式を明文化しても、それで終わりというわけではない。今度はそれを教育プログラムに落とし込むという、もう一段高いハードルが待っていた。しかも、日本人に理解できても、アメリカ人も同じように理解できるという保証はない。その間には言葉という障害もある。どのように翻訳すれば相手の胸に落ちるのか、言葉と文化の違いを乗り越える作業にもかなり時間を費やした。

吉貴 寛良さん(トヨタ自動車株式会社 常務役員)

「当時、教育プログラムを作成し、教えることが得意なアメリカ人のパートナーがいました。まず、彼と徹底的に議論しながら、一緒に英語に翻訳する作業を行いました。日本人から引き出した言葉や概念的なものを単純に直訳するだけでは、ダメなのです。アメリカ人に分かりやすい言葉に置き換えることが必要です。『単語はこれでいいのか』『いや、それでは分かりにくい』『そうじゃない。これはこういうことを言っているのだ』という議論を繰り返しやるわけです。お互いに理解し、確認しながら翻訳していくのですが、その作業に大変なエネルギーを使いました。その結果、アメリカ人にも分かるというレベルまでは到達しました」

まるで江戸時代の医師である杉田玄白が、西洋の解剖学書『ターヘル・アナトミア』を苦労して日本語に翻訳した『解体新書』の話を想起させる。言語のカベをなんとか乗り越え、教材が出来上がっても従業員の身に付かなければ意味がない。

「教育は分かるということが大事です。さらに訓練まで落とし込んで、それができるようにならなければいけない。ただし、教育と訓練、つまり、知識とスキルの間には高いカベがあります。理解できても、それができるかどうかは日本人でも難しい。理解すること、それができるようになること、さらに部下を指導できるまでに至るには高くて厚いカベがあります。少なくとも我々は、理解するところまではやれたと思います」

改めて、人事や教育の奥深さを感じずにはいられない。人事に携わる者にとって、常に意識しなくてはならない永遠の課題でもある。

アメリカ人にも理解できるように作成されたテキストは、日本人であればもっと理解しやすいだろう。吉貴氏らが作成したテキストなどを使用した教育プログラムは、後に日本に逆輸入された。実際に、「問題解決や方針管理など、我々がアメリカ人向けに開発したものの多くが日本語に訳し直されて活用され、また、それを基本に他の国でも展開されました」と言う。

この吉貴氏が行ったトヨタの暗黙知を形式知化する作業は、2001年に発表された「トヨタウエイ2001」の原型と言ってもいい。「トヨタウエイ」は創業以来、蓄積されてきた経営手法、価値観や行動規範などを14ページの冊子にまとめたものだ。作成に当たっては、当時の最高顧問の豊田英二氏や名誉会長の豊田章一郎氏をはじめ、退職した経営幹部など膨大な数の関係者にインタビューしている。

言うまでもなく、世界各地に広がる生産拠点の従業員が、トヨタの価値観やビジョンを共有し、同じベクトルに合わせてビジネスを推進しようとするグローバル化に対応したものである。そのトヨタウエイが発表されたときの社長が、最もその重要性を知る張氏であったことは決して偶然ではない。

2割の味方を固めて、人事改革を突破する

吉貴氏は、1995年に帰国する。国内ではバブル経済が崩壊し、多くの企業が事業構造改革に着手していた頃である。トヨタ自動車も例外ではなかった。吉貴氏を待っていたのは、順風満帆な人事パーソンとしての生活ではなく、未曾有(みぞう)の人事構造改革であった。吉貴氏が関わった改革で見逃すことができないのが、五十数年振りの人事制度改革である「チャレンジプログラム(注5)」である。吉貴氏はプロジェクトの実務リーダーとして、新制度の実現に奔走した。

「チャレンジプログラム」とは一言で言えば、管理職の活性化を目的とする成果主義を軸にした賃金制度の実施である。

吉貴氏は、「課長クラス以上の評価体系を含む賃金制度をがらりと変え、少子高齢化のなかにおける総労務費を管理し、資格だけが高くなる人たちを人事戦略としてどのように位置づけていくかという構造改革だった」と指摘する。

しかし、年功色をなくし、成果が厳しく問われる賃金体系への移行は、当然ながら抵抗がある。今では珍しくない制度であるが、96年当時は管理職層に限らず、役員クラスの反発も相当に強かった。吉貴氏は、「たびたび経営幹部のところに説明に行っては、反対意見を山ほど言われて帰ってくる繰り返しだった」と言う。

「上層部の一部には制度を完全に変えてしまうことに強い抵抗があり、説得は困難を極めました。私も若かったので、感情的になり、テーブルを蹴って帰ろうかと思ったことが何度もありました」

吉貴氏らは制度に対する理解者を増やすために、キーパーソンとなる同世代の管理職やその上の部長クラスと非公式に会っては議論を重ねながら、制度の意義を説いて回った。吉貴氏を突き動かしたエネルギーの源は、単に賃金制度改革の実施にあるのではない。根底には、新しい評価制度が、前述した若いときに疑念を抱いた個別人事の弊害を払拭(ふっしょく)する可能性を秘めていたからである。

「チャレンジプログラムの裏のテーマは、評価の基軸を変えることで、一人ひとり違う個を見ていこうというねらいがありました。従来のように、評価結果のAとかBといった記号が一人歩きするものではなく、違う個性や強みを浮き彫りにできるような評価に変えたいという思いが、通奏低音にありました」

吉貴氏らは、制度の実現に向けて同じ思いを共有する同志を増やす活動を展開し、ついに制度の実施に踏み切ることに成功した。「改革とは何か」、改めて吉貴氏に尋ねた。

「当時のプロジェクトの仲間には『20年先を見て、10年もつ制度を設計し、本当に5年もったら乾杯しようね』と言っていました。人事の仕事は20年ぐらい先を見据えていないとダメであり、志としては10年もつ制度を作る。でも、世の中の動きが速いので、5年もてばまずまず成功という意味です。それだけに、社内の抵抗が当然あるわけです。そもそも改革というのは、8割の人間が賛成していれば、やっても意味がありません。2割の味方しかおらず、8割を敵に回しながらも、それを突破するのが改革です。そのためには、まず2割を固める。しかも、その2割が会社のキーパーソンであり、自分たちを強力にサポートしてくれる存在になれば突破できるのです」

実際にそのようにして改革を実現し、制度は5年どころか、今も存続している。

注5:チャレンジプログラム
成果主義をベースに構築された賃金制度。管理職の活性化を目的とする。「本給」と「職能給」で構成されていた従来の賃金体系のうち、年功的要素が強い「本給」を廃止。「資格給」と「職能給」に変更した。「資格給」は資格別定額だが、「職能給」は、毎年の成果評価によって資格ごとに設定された「賃金等級内」で上下するという制度である。管理職の資格は、基幹職1~3級の3段階に分かれている。

「人」への興味や愛情がなければ、人事の資格はない

チャレンジプログラムが一段落した1998年、吉貴氏は自らのキャリアを広げたいと希望し、生産管理部に異動した。そして、2001年、アメリカのトヨタモーター マニュファクチャリング ケンタッキー(TMMK)の副社長として再び赴任している。吉貴氏の半生は、冒頭に述べたように、人事と経営の境界に常に軸足を置いてきたと言える。あるときは人事の視点から経営を眺め、また、あるときは経営の視点から人事を眺めようとする志向を常に持ち続けてきた。その吉貴氏が、若い人事パーソンに改めてメッセージを送る。

「人事を考えることは、会社の経営を考えることとほぼ同じであり、自分の会社が一体何をやっているのか、よく知らないといけません。そのためには、お金に関するリテラシーも必須です。人事の施策にしても、最後は数字になって出ます。情緒的なことばかり言っていては始まらないし、施策の結果、どういうパフォーマンスを生むのか、数字がないと上も説得できません。一時期アメリカで労災が多く発生し、その防止策として新しい設計基準の適用を開発部隊に依頼したことがありますが、『コストアップにつながる』と反対されました。それに対して、今、保険料をどのくらい支払っているかを示し、きちんと管理を行うことで具体的に保険料がどれくらい減るかを説明し、納得してもらったことがあります。

経営的視点に立って人事施策を考えるのであれば、PL(損益計算書)、BS(貸借対照表)を見ながらどういう施策を打つべきかを考える。お金のリテラシーがないからと、決して思考停止に陥ってはいけないと思います」

最後に、「人事の原点とは何か」について尋ねた。吉貴氏は、惜しまれながらも先年逝去した前出の畑氏の著『人事は愛!』を引き合いに出し、こう語ってくれた。

「人事をやる人間は、人に対する愛情がベースになければいけないし、また、人に対する興味と愛情がないと仕事はやれないし、やってはいけないと思います。一人ひとりの個の力を見て、どうやって生かしていくのかを考えるのが、我々の原点です。制度はその手段であって、一人ひとりの力をできるだけ発揮してもらう。甘い言い方かもしれませんが、一人ひとりが幸せになってもらう。そして、家族が幸せになり、コミュニティの幸せにつながる。人事の仕事はそういうものだろうと思います」

Profile
吉貴 寛良(よしき ひろよし)トヨタ自動車 株式会社 常務役員
1957年1月4日生まれ。1980年京都大学法学部卒業。同年4月トヨタ自動車工業株式会社入社(82年7月トヨタ自動車株式会社に社名変更)。2001年1月トヨタモーター マニュファクチャリング ケンタッキー株式会社出向、07年1月トヨタ自動車株式会社衣浦工場工務部部長、09年6月常務役員就任(現任)。10年6月衣浦工場長。11年4月技術管理本部副本部長(現任)。現在に至る。


「日本人事 〜人事のプロから働く人たちへ。時代を生き抜くメッセージ〜」書籍化決定!

これは人事の指南書ではなく、企業人事の第一線で活躍する人事パーソンからの、等身大のメッセージです。
人事担当者一人ひとりに元気と勇気を届ける魂の伝承。それが「NIPPON JINJI」です。

登場する人事パーソン(会社名50音順)
[アサヒビール株式会社 執行役員人事部長]丸山高見氏、[株式会社資生堂 人事部部長]高野幸洋氏、[東洋エンジニアリング株式会社 元人事部長]遠藤勝己氏、[トヨタ自動車株式会社 常務役員]吉貴寛良氏、[株式会社テイクアンドギヴ・ニーズ 取締役]桐山大介氏、[株式会社良品計画 代表取締役会長]松井忠三氏 ほか


労務管理、人事評価、ハラスメント対応など充実のコース!

労務行政eラーニング 詳しくはこちら

禁無断転載
▲ ページの先頭に戻る

ログイン

×

人事・労務に役立つ商品・サービス検索

  • カテゴリとジャンルから検索

検索

注目商品ランキング 新着商品