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日本人事 ~プロが語る 人事魂~
アサヒビール 執行役員人事部長 丸山高見さん
[2011.07.06]

【日本人事】「共感と信頼」―課題解決の糸口は現場にあり アサヒビール 株式会社 丸山 高見さん(1/4)


フリーペーパー7号連動企画
日本人事 〜人事のプロから働く人たちへ〜(1)

第1回 アサヒビール 株式会社 執行役員人事部長 丸山高見さん

取材・文:溝上憲文(ジャーナリスト)
撮影:トリニティ

企業において、一人ひとりの社員の力を引き出す役割を担い、企業競争力のカギを握るのが人事部です。 人事の“魂”を次世代につなぐ「日本人事─NIPPON JINJI」では、経験豊富な人事パーソンに、仕事を通じて味わった「つらさ」「喜び」「やりがい」など、 人事として働くことの原点・本質を語ってもらいました。
第1回は、 アサヒビール 株式会社 執行役員人事部長 丸山 高見さんにお話をうかがいました。入社以来、マーケティングを志してきた丸山さんにとってターニングポイントになったのは、労働組合の専従としての経験だったといいます。

労組専従時代に学んだ「人に対する共感と信頼」

望んで人事に入る者もいれば、青天の霹靂(へきれき)で異動する者もいる。丸山高見氏は、後者の1人だ。

1977年に入社。九州地区での営業を経て、労働組合(労組)の専従となり、再び横浜支店の営業課長のポストに就いた。
実は、入社以来、ずっとやりたいと思っていた仕事はマーケティングだった。入社当時は、同社の看板商品である「スーパードライ」が発売される前であり、ビールのシェアは低迷し、85年には国内シェア9.6%にまで落ち込んだ。世間からは朝日(アサヒ)ならぬ”夕日ビール”と揶揄(やゆ)された。

丸山 高見さん(アサヒビール 株式会社 執行役員人事部長)

そんな背景もあり、「マーケティング力がなければ、市場での勝負に勝てないという意識があり、入社以来、マーケティングの本ばかり読んでいました」と言う。そして、念願の夢を果たすために、横浜の課長時代に管理職対象の国内留学制度に応募し、見事合格。慶應ビジネススクールで3カ月間、経営戦略を学んだ。

「ビジネススクールを終えて、これからマーケティングをやるぞと思っていたのですが、私を採用してくれた人事部の大先輩から『丸山、人事をやってくれないか』と言われたのです。最初は『えっ、人事ですか?』と正直驚き、ちょっと寂しい感じはありましたが、採用してくれた恩人に直々に頼まれましたし、抵抗感はありませんでした」

丸山氏が人事部福祉課長として異動したのは、92年12月である。以前は福利厚生の業務は労務グループの一つにすぎなかったが、樋口廣太郎会長の従業員福祉に力を入れるようにとの指示で独立した部署になった。樋口廣太郎氏が社長時代の87年に、同社は「アサヒスーパードライ」を発売し、これがメガヒット商品になる。成長著しい時期の福祉課長として、丸山氏がその責任を担うことになった。

「いろいろなことをやらせてもらいました。特に、着任以来の数年間は、スーパードライ発売後に社員を大量に採用したこともあり、社宅や寮もかなり作りました。また、単身赴任者の健康を守らなければいけないということで、単身赴任者専用の寮も作りました」

人事部福祉課長を皮切りに本格的に人事畑を歩むことになった丸山氏であるが、人事の原点である「人に対する共感と信頼」の重要性を身に染みて知ったのは、労組専従時代であるという。ここでの悩みと個人的体験は、その後の職業人生の大きな分岐点にもなっている。

入社3年目の80年に労組に出向し、そのキャリアは9年間に及んだ。専従として入った頃は、「生意気盛りで、一番血気盛んな性格だった」と言う。

「業績不振の頃であり、このままでは会社が潰(つぶ)れてしまうし、雇用も守れないという問題意識を人一倍強く持っていました。労組としても営業部隊の活性化や拡販にも積極的に取り組むべきだということで、労組が拡販の旗印を上げるなどいろいろな運動に取り組みました」

当時の労組の書記長は、現・社長の泉谷直木氏であった。雇用を守るために会社を再生しようという使命感を持った丸山氏は、組合のオルグとして各支部長の説得に奔走した。ところが、”血気盛んな”丸山氏と支部長が激しくやり合うことも珍しくなかった。

「支部長や組合役員と激しい議論をしたり、相当やり合いましたね。その度に委員長や書記長にフォローしてもらいました。当時は、人を動かすにはどうすればいいのか、どうしたらやる気になってもらえるのか、分からないまま自説ばかり主張していました。先輩からも『丸山、ちょっと待て。すぐに言い返すな。一呼吸置いてから言え』とよく注意されました」

そんな丸山氏が、深く内省を強いられる場面に遭遇する。中央執行委員会の席上、支部幹部との打合せの報告を求められた丸山氏は、支部と認識が合わないことについて、特に支部長とのやりとりを細かく説明した。そして、「支部長の発言は明らかにおかしい。自分は決して間違っていないと思います」と訴えた。ただし、自分の主張は正しいと思いつつ、内心は「お前、違うだろう」と言われることを覚悟していた。ところが、丸山氏の言い分をじっと聞いていた委員長は、「丸山、お前は正しい」と言った。その瞬間、「全身から一挙に汗が吹き出た」という。

「『お前、違うだろう』と言われると思っていたら、『お前は正しい』と言われました。その瞬間、『ああ、俺は間違っていたな。俺は支部に何をしに行ったんだろう』と思いました。営業で言えば、得意先に行ってケンカをしてきたみたいなものです。得意先の気持ちをつかんで、アサヒを売ってもらうことが営業です。
同じように、労組での私の役割は、『支部と一緒になってやろうぜ』という状況を作り出すことがミッションではなかったか、と。にもかかわらず、論理でケンカするばかりで、自分は一体何を目的に行ったのだろうと思いました」

自分の行為を深く恥じた丸山氏は、それからしばらくして、いわゆる自己嫌悪の状態に入ってしまった。自己嫌悪や無力感からなかなか抜け出せなかったという。一時は、自己の存在を否定するくらい落ち込んだ。

「自分は間違っている、このままでは自分はダメだという思いが強く、自分を変えようとすごく悩みました。この『自分がダメだ』という思込みが曲者(くせもの)でした。ダメだと感ずるだけで、どこがダメなのかを具体的に合理的に考えないのです。よく考えてみれば、それは知識のなさであったり、技術の未熟さであったりすることに気がついたはずです。いずれも後天的なもの、努力すれば身に付くことがほとんどなのです。今、思えば、『自分はダメだという概念が、自分の存在はダメだ』という概念になって、自分を必要以上に傷つけていた気がします。
このことは、今の若い人たちにも言えることです。『私はダメなんです』、と。では、『具体的にダメな点はどこか?』ということです。そもそも自分の本質を変えることなどできないし、変えなくてもいいのです。DNAが変わるわけでもありません。そんな無駄な努力をするエネルギーを、知識や技術の獲得、具体的な能力向上に当てるべきだと思います。当時はそんなことは分かりません。自分を変えるにはどうすればいいのか、悩んでは苦しみながら、心理学や精神医学、大脳生理学の本などを貪(むさぼ)るように読み漁(あさ)りました」

丸山氏の20代後半の苦しい葛藤(かっとう)であった。

Profile
丸山 高見(まるやま たかみ)アサヒビール 株式会社 執行役員人事部長
1977年4月アサヒビール株式会社入社。営業(九州)、労働組合専従、営業課長(横浜)、3カ月研修(ビジネススクール)を経て、92年12月人事部福祉課長。98年9月首都圏本部総務部部長。2002年4月アサヒ飲料株式会社出向(企画部長)を経て、人事総務部長。05年1月アサヒビール株式会社に復職(人事部長)。08年4月執行役員人事部長。現在に至る。


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これは人事の指南書ではなく、企業人事の第一線で活躍する人事パーソンからの、等身大のメッセージです。
人事担当者一人ひとりに元気と勇気を届ける魂の伝承。それが「NIPPON JINJI」です。

■登場する人事パーソン(会社名50音順)
[アサヒビール株式会社 執行役員人事部長]丸山高見氏、[株式会社資生堂 人事部部長]高野幸洋氏、[東洋エンジニアリング株式会社 元人事部長]遠藤勝己氏、[トヨタ自動車株式会社 常務役員]吉貴寛良氏、[株式会社テイクアンドギヴ・ニーズ 取締役]桐山大介氏、[株式会社良品計画 代表取締役会長]松井忠三氏ほか


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