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これが上司と部下の生きる道 【中尾ゆうすけ】 [2011.12.09]

知らず知らずのうちに、職場で人権侵害が行われていないか? ~人権週間を機に振り返る、上司と部下のコミュニケーション[前編]


これが上司と部下の生きる道(29)
中尾ゆうすけ(日本メンタルヘルス協会 公認心理カウンセラー)

多くの企業では、新入社員研修などで「人権教育」の講座が設けられるなど、基本的人権についての啓発が行われています。男女雇用機会均等法の制定や、ハラスメントに対する数々の裁判例などで、今日の企業では重大な人権問題は減少している――と考える人も多いのではないでしょうか。
しかし、職場における人権問題は、「無知」「無自覚」「無意識」の下に、静かに進行している場合があります。12月4日~10日の「人権週間」を機に、職場で行われているマネジメントについて振り返ってみませんか?(編集部)

■人権週間を機に改めて考える、職場での人権侵害

毎年12月4日~10日の1週間は人権週間と定められている。

日本国憲法第11条に「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」とされ、第14条には「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と記されている。

これらは、小学校・中学校の義務教育の中で学び、その後、大人になるまでの社会生活の中で、ある程度常識化されていると言ってもよいものだ。

しかし、実際の職場を見たときにどうだろうか?

今回は職場におけるさまざまな人権問題について考えてみたい。

■多くの企業で「人権教育」が研修体系に組み込まれている。しかし…

多くの企業で、「人権教育」というのは新入社員教育や管理職教育の中に組み込まれている場合が多い。

また、時代とともに人権に対する世の中の考え方や動向も変化していくため、さまざまな機会において企業は従業員に対して人権に関する啓発活動を行っている。

例えば、新入社員教育においては「同和問題」や「(男女)差別問題」、「ジェンダー問題」など基本的な人権意識を高めるための教育が行われることが多い。

また、管理職研修であれば、「セクハラ」や「パワハラ」に代表される、ハラスメント防止のための教育が多くの企業で行われている。

人権週間を機に、あらためて職場の人権に目を向け、上司と部下との間で交わされるコミュニケーション、人間関係を一度振り返ってみてはどうだろうか?

■「寝た子を起こすべきではない」と、目を背けていて大丈夫か? ~「同和問題」

「同和問題」とは、過去の身分制度の中で生まれた差別が、現代にまで影響を及ぼしている重大な問題である。基本的人権の中でも、最も侵害してはならないものであることは言うまでもない。

近年になって、さまざまな公的文書や資料、人事管理においても、「本籍」という表記がなくなってきた。例えば、採用選考において、門地や本籍、出生地などの質問は避けるべきであると、職業安定法に関連した告示で示されている。これはもともと同和問題による差別をなくすことを目的にしていたものだが、現在ではその意味さえも希薄化しているのが実態だ。

そもそも、現代の多くの人はこの問題を知らないという事実もある。教育を行うことで「寝た子を起こす」――という言われ方をされることもあるかもしれない。しかし、無意識に他人を傷つけてしまうことが起こり得るので、上司という立場であれば必須の知識として持っておくべきだろう。

例えば、職場の中でこのような会話は行われてないだろうか?

「“川向こう”にある取引先へ行って……」

何が問題なのか分からない人も多いかもしれない。

「川向こう」という言葉は放送禁止用語にもなっている。理由はさまざまであるが、その一つに、かつて身分制度があった時代に、身分の低い者とそうでない者の住む場所を、川を隔てることで明確に分けていたことに起因している。

こうした情報について、「知らない方が幸せ」という考えもあるかもしれない。しかし、無意識のものであったにせよ、知っている人が聞けば不快に感じるのだ。この「分からないで発言してしまう」ということが、職場においてもっとも問題なのである。

上司が部下に対してこうしたことを無意識に言ってしまうと、悪気はなくても部下から一方的に信頼を失う場合もある。

■均等法で「無くなった」はずだが、実態は…? ~「男女差別問題」

職場において、過去に長く行われていた差別として代表的なものが「男女差別」だろう。

男女雇用機会均等法が制定されるまでは、仕事の内容や昇進・昇格、賃金にいたるまで、さまざまな形で男女間の差が生じていた。

均等法の制定以降、男女平等は社会的にも浸透し、現在の企業において表向きには男女差がなくなったと言ってもいい。

しかし、多くの職場の実態としてはいまだにないとは言い切れない。

「お茶くみ、コピーは女性の仕事」「女性管理職がまったくいない会社」など、意識的でないとしても、このような実態があるのは否定できない。

「○○さんこれ、コピーお願いできるかな?」、「○○さん、悪いけど応接にお茶を四つお願い」……。

日常的に行われる上司から部下への指示。言葉遣いは丁寧だが、いつも女性ばかりに頼んでいると男女差別ととられかねない。部下からも、「何でいつも私ばかり……」と影ではグチをこぼされているはずだ。

また、新しいプロジェクトのメンバー選定において、男性社員ばかりになっている会社はないだろうか? こうしたケースも、男女差別と言われても仕方がない。

もちろん、性別によって選定しているわけではなく、あくまでも職場メンバーの能力を鑑みたうえでの決定であれば問題ないのではないか?と考える方もいるだろう。しかし、「結果的にそうなった」のだしても、そもそも男女間でこうした能力の差ができてしまう背景には、部下の育成方針や育成方法、過去の業務指示内容に差があり、その積み重ねが能力の差になっている可能性も高い。こうしたことまで考えると、根本的には男女差がまったくないとは言い切れない職場も多いのではなだろうか?

もちろん、職場における差別問題とは、男女差別だけではない。同じようなことが、外国人や障害者、学歴などに関しても行われていないか? 上司は一度振り返ってみた方が良い。

(後編「先入観による無意識の差別で、部下のダメージはボディーブローのように蓄積していく」につづく)


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