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ドキュメント 人事の現場【溝上憲文】 [2011.06.06]

<ドキュメント 人事の現場>大震災 その時、人事部はどう動いたか(3)-金融業 総務課長のケース


短期集中連載 大震災 その時、人事部はどう動いたか(3)
溝上憲文 みぞうえのりふみ
ジャーナリスト

前回に引き続き、東日本大震災の際に企業の人事は、どう対応したのか? 今回は関西に本社のある金融業の総務課長 寺岡さんのケースを紹介します。社員の安否確認、震災対策本部を立ち上げ、帰宅困難者の宿泊対応と食事の用意と、まさに目の回る忙しさの中で見えてきたものとは…

■上長によるメール確認で、夜の12時ごろには全員の安否を確認

3月11日、午後2時46分。その瞬間、総務課長の寺岡 徹(仮名=42歳)は、大声で「机の下に潜れ」と叫んだ。

関西に本社がある金融業の東京支社の15階のオフィスは耐震構造の設計のために激しい揺れが5分ぐらい続いた。寺岡はゆっくりと立ち上がり、東京湾が一望できる窓へと向かった。

千葉の君津方面でコンビナートから火の手が上がっている。近くの新橋方面のビルで煙がくすぶっているのが見えた。寺岡は咄嗟に危険だと察知した。

「大きな余震が確実にくるなと思いました。ビルには4つのフロアがありますが、エレベーターもすぐに止まったので、各フロアを駆け足で回り、備蓄品と防災用のヘルメットを出すように指示しました。また、ビルのセキュリティ機能が働き、逃げられなくなる可能性があるのですべてのドアを開けておくように指示しました」

予想どおり、続けざまに余震が襲ってきた。その間、本社と連絡を取り合いながら安否確認を行った。支社の管轄エリアは関東、東北地域である。安否確認は2つの方法で実施した。一つは携帯メールによる安否確認システム。このシステムは2年前に導入し、事前に訓練していた。もう一つは各部署の上長によるメールでの直接の確認である。

「安否確認システムで確認できたのは社員の約70%でした。それを補ったのが上長による確認です。これは新潟中越沖地震の際にメールが効果的だったことから、部下のメールを上長が管理する仕組みを事前にBCP(事業継続計画)の中で整備していました。それもあって、その日の夜の12時ごろには全員の安否を確認することができました。幸い被災者はいませんでした」

ビル内には約500人の従業員がいた。すでに交通機関は全面的にストップしており、新宿駅などのターミナル駅は乗客でごったがえしていた。このまま従業員を帰宅させるべきなのかどうか。総務部内で話し合い、本社とも連絡を取り、最終的に安全確保のために全員会社に残ることを決定し、従業員にその旨を通知した。この時点では、寺岡は、この会社の決定が頭を悩ませる事態を引き起こすことになろうとは知るよしもなかった。

「家族の無事を確認したうえで、安全確保のために会社に残ることを原則にしました」

夕方には本社と東京支社に震災対策本部を立ち上げ、本社とテレビ会議を通じて今後の課題を検討した。当面の最大の問題は翌日12日、土曜日の業務が可能かどうかであった。

「顧客からの電話での問い合わせや手続きの処理を担当するコールセンター部門は土曜日も業務があります。業務を継続するには心臓部であるコンピュータシステムの稼働と要員の確保が必要です。そのためコンピュータシステムに支障がないことを確認し、会社に留まる従業員の中から翌日の勤務をお願いし、人員を確保したことで業務継続を決定しました」

■震災当日に従業員を会社に留めたことが議論を呼ぶ

安全確保のために全員が会社に留まること、翌日も業務を継続することが決定した以上、寺岡にはやるべきことがたくさんあった。

まずは食料の調達である。備蓄品の水も大量にあり、電気、水道、ガスなどのライフラインも大丈夫だ。部員と一緒に15階から階段を使って下り、スーパーに向かった。当日は寒かったので温かいものがいいだろうと、カップ麺を600個購入した。その後、部員がスーパーに出かけたが、午後7時にはカップ麺やパン類が全部売り切れていたという。

次はホテルの予約である。翌日、勤務する従業員のために最低50室を確保する必要があった。ところが、震災の影響でまったく機能していないホテルもあり、50カ所以上に電話をかけまくったが、空いている部屋はほとんどなかった。

「なんとか確保できたのはわずか10室でした。どうしようかということになり、その10室を翌日勤務する女性社員のシャワールームとして使用しました」

夜、9時過ぎから地下鉄の一部が運行を再開した。その時点で沿線に住む従業員は帰ってもいいことにした。中には、心配した従業員を会社まで車で迎えに来た家族もいた。

寺岡は安否確認や本社との連絡などで一睡もせずに夜を明かした。翌日勤務の従業員の朝食も準備しなければならなかった。

「さすがにカップ麺を食べさせるわけにはいかんなと思い、朝の4時ごろからコンビニを回りましたが、パンは売り切れていました。なんとかスープを400人分確保し、備蓄品のカロリーメイトで朝食を用意しました」

ほとんどの社員は翌朝に帰社したが、寺岡は翌日の午後3時まで会社に残った。それというのも、震災当日に従業員を会社に留めたことに対する手当の処理を巡って社内で議論になっていたからだ。

「安全確保のためと言いながら、従業員を会社に宿泊させたことに対する手当などのルールはありませんでした。以前、台風が襲った時に勤務を命じ、ホテルに宿泊させたことがありますが、その場合は会社都合によるものであり、宿泊手当を支払いました。しかし、今度のケースはホテルにも泊まっていないし、業務もやっていない完全に会社で待機の状態です。業務したことにすれば、丸一日労働したことになり、明らかに労働基準法違反です。どう処理するかで内部で揉めました」

しかも全員が会社に留まったわけではない。数は少ないが、電車の運行が再開し、帰宅した従業員もいた。労基法に抵触する処理はできないが、何らかの整合性をつける必要があった。

「午後10時から深夜労働の時間帯になりますが、10時前に帰った従業員は所定の超過勤務手当を支払うことにしました。10時以降に残った社員については、会社の指示による宿泊ということで宿泊手当を支給することで整理しました」

同社は今回の震災による深夜時間帯以前と以降の取り扱いを今後の新たなルールとすることにした。何もかも予測した完璧なBCPは存在しない。予想もしない事態に遭遇し、初めて不備が存在することを寺岡は改めて感じた。

しかも、これで終わりではなかった。翌週の14日以降も予測不能な事態に寺岡は振り回されることになる。

(続く)


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