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プロが語る 成果を上げる社員の条件【佐藤文男】
SAS Institute Japan 林 敏さん編
[2011.05.17]

SAS Institute Japan 林 敏さんが語る“デキる社員”の条件~新卒時の配属以来、一貫して人事に軸足を置いたキャリアを歩んできた(1/3)


各分野のプロが語る 成果を上げる社員の条件(16)

林 敏さん

(SAS Institute Japan株式会社 執行役員 人事総務本部長)

インタビュアー:佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
文:千葉はるか(パンクロ)

各分野で活躍されている10人の方にご登場いただき、キャリア遍歴や仕事観、失敗談や苦労話までくまなくお聞きすることで、“デキる社員”にはどんな思考、行動様式が求められるのかに迫る本シリーズ。第6回のゲストは、本国アメリカでは「働きがいのある会社(Great Place To Work)で2011年のトップに選ばれたソフトウェア会社 SAS Institute Japan株式会社で執行役員 人事総務本部長を務める林 敏さんです。

新卒入社した商事会社で、最初に配属されたのが人事部。現在まで、一貫して人事に軸足を置いたキャリアを歩んできた

―大学ご卒業以後、一貫して人事のプロとしてキャリアアップされています。人事の仕事に就いたきっかけや、転職を選んだ理由を教えてください。

新卒で国内の商事会社に就職した時、最初に配属されたのが人事部でした。そこから、現在に至るまで一貫して人事に軸足を置いたキャリアを歩んできました。特に希望していたわけではなかったのですが、大学では経営学を専攻し、ゼミでは「組織の中の人間行動」というテーマで勉強していました。その点が配属決定の際に考慮されたのかもしれません。

林 敏さん(SAS Institute Japan株式会社 執行役員 人事総務本部長)

最初に任された仕事は給与業務でした。そのほか新卒採用シーズンには採用業務のサポートをしたり、社員向けの研修を担当したりしながら3年間邁進し、日本企業の人事の経験を積みました。

外資系保険会社に転職したのは1988年のことです。当時、日本の大手企業では、人材は新卒で採用するのが一般的で、中途採用市場はまだ始まったばかりでした。いろいろ考えましたが、日本企業の仕事の進め方は3年間学ぶことができましたし、常に「もう少しアグレッシブに多様な仕事に挑戦してみたい」という気持ちは抱いていましたから、思い切って新しい環境でチャレンジしてみようと決意しました。

外資系での仕事の進め方で驚いたのは、日本企業に比べ業務を進めるスピードが速いこと

―当時は転職すること自体がまだめずらしかった時代です。異業種、それも外資系への転職に対する不安や、転職してから苦労されたことはありましたか?

確かに、サービス業界から金融業界へと業種は変わりました。しかし人事という職種は同じですから、キャリアとしてきちんとつながっているという意味で不安を感じることはありませんでしたし、実際に働き始めても業務について特に違和感はありませんでした。ただ外資系企業という事で、業務の中で使う単語も英語の呼称に変わりました。例えばそれまで「退職給与引当金」と呼んでいたものは“Retirement reserve”と呼ぶようになりました。また、日本企業に比べて業務を進めるスピードが速いことも驚きでした。

この外資系保険会社には10年近く在籍しましたが、採用などの通常業務だけでなくさまざまなプロジェクトに参画でき、人事の業務経験をずいぶん深めることができたと思います。

―30代半ばで、今度は外資系のIT企業に転職されています。そこには、どのような思いがあったのでしょうか?

2つの会社で経験を積んだことで、人事関連業務は一とおり学ぶことができました。そこで次のステップとして、日本の人事を代表する責任者として仕事をしてみたいと思うようになったのです。しかし、当時在職していた外資系保険会社の場合、日本全体の人事責任者に就くにはかなり時間がかかりそうな状況でした。そこで、「自分がシニアな年齢になるまで待つよりは、30代半ばで責任者の仕事ができる会社に転職したほうがいいだろう」と判断したわけです。

「仕事でもっと英語を使いたい」というのも、転職動機の一つでした。それまでも英語には触れていましたが、外資系といっても国内の業務が多く、日常的に英語を使っていたわけではなかったのです。

次の転職先は社員が200人弱という規模で、「日本の人事の責任者として入社し、人事だけでなく総務も担ってほしい」というオファーでした。そして入社後には、人事・総務だけでなく、法務や社内IT、やがて経理部門についてもテリトリーとして業務をみる形になりました。財務や法務についても基礎から勉強し、最終的にCFO(チーフ・フィナンシャル・オフィサー:最高財務責任者)に就任しました。海外との電話でのやりとりや、グローバルのミーティングに出席するような環境でしたから、仕事で英語を使う機会もずいぶん増えました。

外資系IT企業在職時に、CFOとしてLBOに参画。投資銀行業務についての知識が深まるなど得難い経験になった

―その後、日系の大手証券会社に転職されたのはなぜですか?

契機となったのは、外資系IT企業に在職していた際にCFOとしてLBO(レバレッジド・バイアウト)に参画したことです。米国本社からすると日本の子会社の売却ですが、日本の子会社側からみると、本社からの独立に他なりません。このディールは約1年半以上におよび、その間、売り手と買い手双方の弁護士や会計士などのプロフェッショナルを交えて毎晩のように電話会議を行いました。非常にハードな日々でしたが、このような経験を積めたのは非常によかったと思っています。

林 敏さん(左)と佐藤文男さん(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役 右)

これをきっかけに、M&Aなどを手掛ける投資銀行業務についての知識が深まり、興味も増しました。当時の日系金融機関の中で、米系の投資銀行のように日本を起点にグローバルな投資銀行業務を展開できる可能性があると感じたのが、転職先の証券会社でした。ご縁があってお話を聞きし、人事部門の戦略担当として入社することになりました。

入社後は、さまざまな戦略的な施策へ取り組みましたが、その後他の証券会社との合併という話が持ち上がり、人事制度の統合プロジェクトを担当しました。また一方でグローバルの人事を担当し、海外拠点の人事の取りまとめも行いました。今まで外資系企業で日本子会社の仕事をしていたわけですから、本社サイドからグローバルに人事戦略を考えるのは初めての経験で、これも大変よい経験になりました。

profile 林 敏さん(SAS Institute Japan株式会社 執行役員 人事総務本部長)
1985年、東京都立大学(現 首都大学東京)を卒業し日系の商社に入社。1988年、外資系保険会社に転じ人事を担当。給与・報酬制度の運用から、グループ企業を横断する人事制度の改定など多数のプロジェクトを経験する。1998年に外資系IT企業に人事部長として入社。CFOに就任して人事のみならず法務や経理部門も束ね、2004年にはLBOを手掛ける。2006年、日系大手証券会社に転職し、M&Aやグローバル人事など戦略人事を担う。2008年、「働きがいのある会社」として知られる米SAS Institute社の日本法人SAS Institute Japanに入社し、執行役員に就任。人事のプロフェッショナルとして人事制度の拡充や社内環境のさらなる改善などにその手腕を発揮している。

profile 佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
一橋大学法学部を卒業後、総合商社、外資系証券会社、メーカーといった異業種においてキャリアを積み1997年に人材サーチ(ヘッドハンティング)ビジネスへ。2003年に佐藤人材・サーチを設立。
著書は共著1冊を含め転職に関する本を12冊出版。 主な著書に『40歳からの転職術」(日経BP社)、『ヘッドハンティング・バイブル』『転職後、いい仕事ができる人の条件』(共に経済界刊)。今年3月に『転職のバイブル2012年版』を経済界より出版。
佐藤人材・サーチ ホームページ: http://www.sato-jinzai.com/


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