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プロが語る 成果を上げる社員の条件【佐藤文男】
G&S Global Advisors Inc.社長 橘・フクシマ・咲江さん編
[2011.05.10]

G&S Global Advisors Inc.社長 橘・フクシマ・咲江さんが語る“デキる社員”の条件~学問の世界とビジネスの世界。その違いの一つひとつが新鮮な驚きに(1/3)


各分野のプロが語る 成果を上げる社員の条件(13)

橘・フクシマ・咲江さん(1)

(G&S Global Advisors Inc. 代表取締役社長)

インタビュアー:佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
文:千葉はるか(パンクロ)

各分野で活躍されている10人の方にご登場いただき、キャリア遍歴や仕事観、失敗談や苦労話までくまなくお聞きすることで、“デキる社員”にはどんな思考、行動様式が求められるのかに迫る本シリーズ。第5回のゲストは、エグゼクティブ・サーチ・ビジネスで世界的に有名なコーン・フェリー・インターナショナルで日本支社社長、会長を歴任し、現在、G&S Global Advisors Inc.の代表取締役社長を務めている橘・フクシマ・咲江さんです。

日米学生会議で、スタンフォード大の学生だった夫との出会いが、グローバルなビジネスにかかわる人生のスタート

―長年にわたりグローバルにご活躍です。学生時代に英語や外国文化に興味を持たれたきっかけを教えてください。

海外との接点は身近なところにたくさんあったと思います。家には祖父が若いころに旅先から持ち帰った海外の通貨や外国の写真があり、子どものころから関心を持っていました。中学時代から高校時代にかけて、ホストファミリーとして自宅で海外留学生と一緒に暮らした経験もあります。

橘・フクシマ・咲江さん(G&S Global Advisors Inc.代表取締役社長)

一番大きなきっかけになったのは、高校生の時に日米学生会議に出席したことですね。友人に誘われて興味を持ち、父に資料を見せたところ、「面白そうだからぜひ行ってきなさい」と渡航費用を出してくれたのです。学者だった父は、いつもこうした勉強の機会を持つことを勧め、応援してくれました。

その日米学生会議で、当時スタンフォード大学の学生だった夫(日系3世のグレン・S・フクシマさん、現エアバス・ジャパン取締役会長)と出会ったことで、グローバルなビジネスにかかわる人生がスタートしたように思います。夫は後に交換留学生として来日し、2人の大学卒業と同時に結婚しました。

学問の世界とビジネスの世界の、違いの一つひとつが新鮮な驚きに

―アメリカに渡ってビジネスの道に進むまで、どのような経緯があったのでしょうか。

当時夫は学者になるつもりで、アメリカの大学院に行く予定でした。奨学金制度はありますが、少しでも経済的な支えになるために働きたいと思っていました。しかし、とてもアメリカ人と同じ仕事ができる英語力はありませんでした。そこで、大学卒業後は国際基督教大学(ICU)の大学院に進んで外国人への日本語教授法を学びました。夫がハーバード大学大学院に進学することになったため、そのことをICUの指導教官に報告したところ、「ちょうど今朝ハーバード大学で日本語の講師を探していると知らせがあったのよ。あなた行く?」と紹介を受けることができたんです。そこで、渡米後は日本語を教えながらハーバード大学大学院で教育学修士号を取得。当時は一生、日本語講師として生きて行くつもりでした。

転機が訪れたのは、ちょうど30歳になったころ、講師として6年目で、自信が出てきたころでした。友人から「経営コンサルティング会社で働かないか」と誘われたのです。当時ボストンにあったブラックストン・インターナショナルは、日本に関連するビジネスを展開するため、日本に詳しい人材を必要としていました。入社したのは1980年のことです。

私は学者一家に育ちましたから、それまでビジネスの世界を身近に感じたことはありませんでした。ですが、コンサルティングビジネスは「リサーチし、仮説を立てて検証する」という過程が学問に相通じるところがあります。この点、学問の世界からでも入り込みやすかったといえるかもしれません。もちろん、ビジネスと学問との違いは小さくはありませんでしたから、当初は新鮮な驚きを感じました。例えば、学問の世界では研究に際して関連する論文にくまなくあたる必要がありますが、ビジネスの世界では仮説の証明に必要とされるデータ以外は捨てることができます。そういった差異の一つひとつが、私には非常に面白く感じられたのです。また、クライアントへのプレゼンテーションには、それまで講師として培ってきた「人に教える」という経験も役立ちました。

良い友人にも恵まれたスタンフォードでのMBA取得は、人生で最も重要な経験の一つ

―その後、スタンフォード大学大学院で経営学修士(MBA)を取得された理由は?

夫がフルブライト研究員として東京大学法学部で研究を行うことになったため、ブラックストンは2年弱で退職し、いったん日本へ帰国しました。日本でブラックストンのために情報集め等をしながら、ビジネススクールへの進学を真剣に考え始めたのは、そのころのことです。ビジネス経験を通じて「ビジネスについて体系的に学びたい」という思いを強くしていました。夫もMBAの取得を勧めてくれました。

橘・フクシマ・咲江さん(左)と佐藤文男さん(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役 右)

ちなみに、この時は2年間日本に滞在したのですが、英語を忘れないようにするためにサイマル・アカデミーの同時通訳コースでトレーニングを受けていました。第一線で活躍している同時通訳者の方々が先生だったので、教材の内容は経済学者の講演の翻訳など質の高いものが多く、ここで学んだことは後々、ビジネススクールでも非常に役立ちましたね。

スタンフォード大学は一番行きたい学校でしたから、合格通知を受け取った時はとてもうれしく感じました。スタンフォードでは、経験のダイバーシティーを重要視する方針でしたので、少数の“変わり種”の学生を進んで受け入れる校風がありました。大半の学生は、有名大学を卒業して、コンサルティングか投資銀行で2~3年修行した人々でしたが、ブロンクスの有名高校の校長経験者、「予防医療を行う病院をチェーン展開するためにビジネスを学びたい」という医師など、多様な経験を持つ人も数名いました。勉強はとても大変でしたが、良い友人にも恵まれ、スタンフォードでのMBA取得は、人生で最も重要な経験の一つです。もしビジネススクールに行っていなかったら、今のような仕事はしていないと思います。

profile  橘・フクシマ・咲江(G&S Global Advisors Inc.代表取締役社長)
清泉女子大学卒業。ハーバード大学大学院教育学修士課程修了。同大学で日本語講師を務めた後、ブラックストン・インターナショナルを経て、スタンフォード大学大学院経営修士課程修了。その後、1987年にベイン・アンド・カンパニー入社。1991年に世界最大手の人財コンサルティング会社コーン・フェリー・インターナショナルに入社。日本支社社長、会長を歴任する。2010年8月に同社アジア・パシフィック地域最高顧問に就任すると同時にG&S Global Advisors Inc.を設立し、代表取締役社長に就任。1995年よりコーン・フェリー米国本社の取締役を12年間務めたほか、花王、ソニー、ベネッセコーポレーション等で日本企業初の女性社外取締役を歴任。現在はブリヂストン、パルコの社外取締役を務めている。キャリアやコーポレート・ガバナンス等をテーマとして広く執筆・講演活動も行っており、『人財革命―あなたが組織に負けない「一流の人材」になるために』(祥伝社)、『売れる人材―エグゼクティブ・サーチの現場から』(日経BP社)、『40歳までの「売れるキャリア」の作り方』(講談社)等、多数の著書がある。夫はエアバス・ジャパン取締役会長のグレン・S・フクシマさん。

profile 佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
一橋大学法学部を卒業後、総合商社、外資系証券会社、メーカーといった異業種においてキャリアを積み1997年に人材サーチ(ヘッドハンティング)ビジネスへ。2003年に佐藤人材・サーチを設立。
著書は共著1冊を含め転職に関する本を12冊出版。 主な著書に『40歳からの転職術」(日経BP社)、『ヘッドハンティング・バイブル』『転職後、いい仕事ができる人の条件』(共に経済界刊)。今年3月に『転職のバイブル2012年版』を経済界より出版。
佐藤人材・サーチ ホームページ: http://www.sato-jinzai.com/


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