BUSINESS REPORT
企業の活力向上のカギは「健康経営」
[2016.11.09]

第3回・完 健康経営の最前線

東京海上日動火災保険株式会社


経済産業省は、これまで実施してきた「健康経営銘柄」の選定に加えて、2017年度から「健康経営優良法人・ホワイト500」の認定制度を開始することを発表し、ますます「健康経営」への関心は高まりを見せている。最終回となる今回は、本年10月に東京・大阪で開催された東京海上日動火災保険株式会社主催の「人事戦略セミナー」の講演から、健康経営の最前線を追った。

職場の健康リスクをデータ分析で可視化する

健康経営の取り組みが注目される背景には、超少子高齢化社会の到来がある。いわゆる団塊世代が全員75歳以上の後期高齢者となる2025年まで、すでに10年を切っている。超高齢化社会が企業にもたらすものは、従業員の高齢化と労働力の供給減少による労働力人口の減少だ。

「超高齢化社会の到来に向け、限られた人材の確保だけに注力するのではなく、既存人材の活用に目を向けていく必要があります」と説明するのは、健康経営に関する研究の第一人者である東京大学政策ビジョン研究センターの古井祐司氏だ。従業員が高齢化すると、健康リスクが高まる。中でも、欠勤には至らずとも健康の不調を抱えていることにより引き起こされる労働生産性の低下、すなわちプレゼンティーイズムによるコストの増加が問題だと古井氏はいう。

「従業員の高齢化に伴うプレゼンティーイズムのコストを抑制していくためには"攻めの対策"を講じる必要がありますが、そのためには職場の健康リスクの特徴をつかむことが必要となります。健康保険組合が実施するデータヘルス計画をうまく活用するとよいでしょう」と、データからのアプローチが有用だと続けた。古井氏によれば、データ分析により課題が"見える化"されることで対策が具体的になり、行動につながる。さらには、行動を通じて健康増進だけでなく、職場のコミュニケーションや従業員のモチベーションの向上、ひいては顧客や社会からの評価につながる事例が少なくないという。

[図表1]年齢群別 患者数

資料出所:厚生労働省「患者調査」(平成23年)

重視される企業の安全配慮義務

生産性の向上を目指す取り組みに加えて、健康経営を推進する上で忘れてはならないのが「安全配慮義務の履行」だ。精神障害や脳・心臓疾患に起因する労災事故は後を絶たないが、近年、企業の安全配慮義務違反を追及する動きも強まっている。

健康被害に関する安全配慮義務とは、業務との関連性の強い疾病に関して、健康被害を発生させない義務と、健康被害を悪化させない義務ということができる。

「業務との関連が深い疾病である精神障害や脳・心臓疾患を防ぐためには、リスク要因となる長時間労働を排除しなければいけません。実態として長時間労働が存在し、こうした疾病による健康被害が発生した場合、安全配慮義務違反を免れることはできず、損害賠償のリスクや社名の報道によるレピュテーションリスク(否定的な評価・評判が広まるリスク)にさらされることとなります」と、弁護士の髙谷知佐子氏は健康被害に関する企業リスクを説明した。

被害者からの追及はさらに厳しい。最近では企業の安全配慮義務違反を問うだけでなく、健康を損なうことのないような体制を構築する義務を怠ったとして、取締役の個人責任を追及する事例も増えている。また、業務との関連性が弱いとされている糖尿病や癌(がん)等についても、疾患が増悪した原因が職場環境にあるとして会社の責任を追及する事案も見られる。

万一に備え、健康被害への補償対応も検討すべき

厳しさを増す健康被害への企業責任の追及に対応し、リスクを軽減していくためには、健康診断やストレスチェック、さらには労働時間の監視等を通じたリスク要因の排除に加え、被害発生時の適切なケアが重要だ。被害を増悪させないよう産業医や医療機関との協働を進めるとともに、万一に備え、紛争に発展させないための対処として所得補償に関する検討も必要だ。

「近年増加が目立つメンタルヘルス不調による争いの多くは、休職期間満了間際の復職を巡って起きています。その背景には生活費への不安があり、健康被害を増悪させないための安全配慮はもちろん、金銭を巡る法的な争いに発展させないためにも、休職時もしくは退職後の所得補償の制度を整えることは有用です」と髙谷氏は強調した。

また、精神保健指定医の吉次聖志氏も、医師の立場から所得補償の重要性を強調する。
「(従来型)うつ病の治療は、休養と薬物療法が主体です。生活費に関する不安は休養の妨げとなり、病状の回復を遅らせます。また、うつ病は再発を繰り返しやすいため、初回の不調期への支援が大切です」

制度間・スタッフ間の連携が健康経営推進のカギ

吉次氏は、効果的なメンタルヘルス対策としてストレスチェック制度を活用するためには、法定内の活動にとどめず、集団分析の結果を踏まえたストレスマネジメント研修や職場環境改善に結び付けることが望ましいという。WHOによれば、生活習慣は社会環境や経済格差にも影響を受ける。「会社は快適職場の実現を目指し、個々の従業員に対しては欠勤や遅刻が増えた等の事例性を基本にみていくことが必要です」と強調した。

ストレスチェック制度をはじめ、健康経営の推進には産業医との連携が必要となるが、実際には産業医側の繁忙等により十分に連携を図れないことも多い。加えて、産業医と人事スタッフのコミュニケーションが難しいことも連携を難しくする要因の一つだ、と吉次氏は説明する。「今日の医学では、『健康』の概念を健康か不健康かの二者択一ではなく、良い状態を促進する『積極的健康』と捉えます」。そのため、健康の話題を人事担当者と医師とで取り上げた際に、両者で話が通じないこともあるという。「健康経営を推進していくためには、まずお互いの健康の概念を理解しあうことから始めると、建設的に協議を進めることができるでしょう」と課題を指摘した。

[図表2]従業員の健康悪化による三つのリスク

経営視点からの健康投資が職場環境改善を促す

健康経営の推進に向け、企業も試行錯誤している。

「メーカーとして安全を意識した健康対策を進めてきましたが、従業員の高齢化によって増大する健康リスクに備えるために取り組みを強化しました」とTOTO株式会社の吉川考司氏は語る。健康管理システムを構築して部署ごとの特徴を分析し、運動・情報提供・栄養の三つのテーマから各種施策の実行につなげてきた。また、健康維持を従業員の義務として就業規則に定めるなど、意識変革も促す。こうした取り組みの結果、定期健康診断の事後措置が完全に履行されるようになり、有所見率も改善の方向にあるという。

健康経営の推進体制の構築に取り組んだのは東京海上日動火災保険株式会社だ。

「産業医と保健師・看護師からなる健康管理室を中心に健康管理に取り組んできましたが、当社らしい健康経営に取り組むために新たな体制づくりの必要性を感じました」と同社の阿曾源明は語る。そこで、人事部門に加えて経営企画部門、商品開発部門とともに健康経営推進会議を立ち上げ、社内外への情報発信力を高め、意識の醸成を図ってきたという。
「施策のPDCAを実施し、健康管理の意識を浸透させて行動に結びつけるとともに、これからは経営の視点でプレゼンティーイズムのコスト低減にも注目していきたいと考えています」と今後を展望する。

健康経営の取り組みを通じて対外的に情報が発信されることで、ますます従業員の健康増進への意識が高まり、加えて、それを支える健康管理スタッフのやりがいにもつながる。結果として、両社に共通して言えることは、健康経営の推進によって、具体的な健康施策がさらに進展し、取り組みを通じて従業員間のコミュニケーションが円滑化し、職場環境改善に貢献していることだ。従業員の健康管理はコスト管理の対象ではなく、企業の成長に向けた投資対象となる可能性をあらためて実感した。

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